FC2ブログ



Pacific-Rim-Uprising-John-Boyega-Poster1.jpg
パシフィック・リム



皆さん、こんにちは。

 

今日は愛についてお話しましょう。

新入社員の頃、入社の抱負で「背中で愛を語る」(笑)と言ったのは私ですが、果たしてできていたのかどうか・・・?

今回ようやく重い腰をあげて愛について語ってみることにしました。

 

 

 

 

では、最初に、愛とは何でしょうか?

 

 

私的に言いますと、愛とは「パシフィック・リム」であります。

 

へっ!?パシフィック・リム??

 

どういうこと~??・・・・・・頭がウニになったと思います。

 

 

 

パシフィック・リムとは、巨大ロボットが怪獣と闘う映画です。

内容は何もないようです(笑)

 

 

が!ロボットのその胸をご覧ください!!

胸には大きな穴が開いていて、原子炉の様に動いています。

 

実は・・・・これが愛なのです。

 

 

 

 

愛とは何かと定義をすれば、優しさとか、無償の奉仕であるとか、男女の愛とか、色々表現することができます。

 

私は・・・愛とは神のエネルギーそのものであると実感しています。

 

 

胸にあるチャクラはハートチャクラ(4番チャクラ)です。

このハートチャクラは普段はほとんど活動をしてませんが、神につながると大きく動き出します。

 

 

大きくとは、どれくらいでしょうか?

それは、あたかも胸の中心に原子炉ができたという位の巨大なエネルギーになります。

パシフィック・リムのロボットの胸の様に、力強く輝いているものです。

 

 

 

 

霊性修行をしていくと、神との繋がりが濃くなってきて、次第にチャクラが覚醒していきます。

太く濃くなった神とのパイプを通じて、自身のエネルギー体に巨大なエネルギーが流れる様になります。

その際、まずハートチャクラ(4番チャクラ)が始動します。

ハートチャクラは愛のチャクラです。

そこで発電された巨大なエネルギーは、身体を巡り他のチャクラを点火していくことになります。

 

ハートチャクラがパシフィック・リム状態になると、神そのものと一体になった感じを受けます。

巨大な力がハートの中央で爆発し、その後それが原子炉の様に力強く活動し始め、「何だこれは!」と驚愕します。

 

 

 

「あぁ、これが愛なんだ・・・(涙)」

 

 

 

そして、涙が滂沱(ぼうだ)と流れ、ただただありがたい・・・と無限の感謝と幸せを感じます。

自分自身が愛そのものとなった境地が訪れるのです。

 

 

自分自身が愛そのものであるため、人に与えたり、貰ったりということは不要です。

本当はすべての存在が愛そのものなのです。

 

lotus-978659_640.jpg 

 

 

ですが、この第三密度(三次元)の世界では、残念ながらなかなかその境地に至ることはできません。

泥の沼の様な俗世で私たちは生活していますので、そこで蓮の花を咲かすのは実に難しい。

汚物が溜まった泥水、汚染された大気の中で、蓮が大輪の花を咲かせるのは、人が悟りを啓くのと同様に難しいのです。

花が咲いたとしても、すぐに枯れてしまいます。

本当は私たち自身が蓮の花であり、泥の表面に浮かんでいるつぼみの状態です。

花が咲けば愛そのものになれるのを知らず、濁世の中で終生つぼみのままでいるのです。

 

 

自分自身が愛そのものであることを自覚していないため、人との触れ合いの中で愛を与え、または貰いそれを味わっています。

それがこの世界での人間の愛についての表現であり感覚です。

 

 

 

 

本当に悟りを啓いた高級な聖者はこのハートチャクラが全開の状態で、愛(=神)と一体になっています。

それが長く持続すればするほど境地の高い聖者です。

 

そうした聖者と交流すると、なぜだか自然と涙が溢れ「ありがたいなぁ」「うれしいなぁ」という気持ちが込みあげて来るのです。

 

聖者が何か感動することを口にしたという訳ではありません。

何か優しいことをしてくれた訳ではありません。

 

  • ただ傍にいるだけで、その愛のエネルギーに触れて、ただただありがたく嬉しいのです。

こらえようもなく身体の奥底から涙が溢れて来る様です。



image11.jpg 

ラマナ・マハリシ

 

神でも聖者でも、それを思うと何とも言えず、ただただありがたくて涙が溢れて止まらない・・・それが愛に触れた状態であり、あなた自身が愛の一部になっているのです。

 

だから、愛とは、何かをしてもらったから、何か教えてもらったから、または「好き」とか「愛している」とか言われたから感じるものではなく、何もしていなくてもただ在るだけで愛なのです

 

それが純粋な愛そのもの。

 

優しさとか「愛している」という男女の愛は、それの地球的な表現形態と言いましょうか。

 

 

 

 

「在るだけで愛」・・・そうした愛の表現者として私は在りたいと思っています。

修行をすれば誰でも近づける道です。

その愛の炎を、志を同じくする者のハートに一個一個と点火していきたいのです。

そして、愛の表現者をたくさん増やしたいと思います。

 

 

愛とは、そういうもの。

素敵でしょう。

 

 

泥の沼に咲く蓮華の様に美しく、愛の甘美な芳香を放つ存在になれる様、共に歩んでいきましょう。

そして、たくさんの人を笑顔にしていきましょう。



botanical-garden-2844202_640.jpg 

 


2018_11_13


painting-1023419_640.jpg


皆さん、こんにちは。

 

私は毎月師匠の山の庵で修行をしていますが、修行の目的は一つには霊性を高めることであり、もう一つは1か月の気功治療で被ったあらゆる邪気の浄化です。

 

治療家は短命と言われますが、それは患者の邪気を受けるからです。

治療家だけではなく、医師もそうですし、マッサージ師もそうです。

およそ人の身体に触れて癒しを行う職業の人は、多かれ少なかれ相手の邪気を受けます。

 

私の店に訪れるお客様はおそらく他院より重病・重症の方が多いと思います。

私はその方々の気功治療を日々行う中で、お客様の邪気を受けてしまいます。

1日の気功治療が終わった夜、毎日約2時間以上かけて邪気を浄化しますが、それでも残るものがあります。

それを師匠の修行場で浄化するのです。

 

 

 

今回、師匠とお会いして開口一番、「酷いね」「酷く疲れているね。」と言われました。

ご指摘の通りで、私の身体はボロボロで非常にしんどい状態でした。

 

そういう状態の時は、死の影を身近に感じます。

その様なことを繰り返していますので、どこかいつも虚無感があり、何とか2年先のことまでは考えられても3年先を考えることはできません。

そろそろ博愛社かセレモニーで終活するかと真面目に思います。

私はその様な感覚でこの10年を過ごしています。

 

 

 

修行で邪気を浄化するというのも楽ではありません。

邪気は身体から排出されるのに抵抗するので苦しみます。

頭痛や重だるさ、身体各所の痛み、腹痛などに耐えなければなりません。

 

邪気が身体に入り込んで私の生命エネルギーを奪いますので、精気がカラカラです。

精気というのは、生まれ持った生命力で、先天の気とも言います。

先天の気は、生後補充できるものではなく、年を取るにつれ段々と少なくなり、無くなってしまえば寿命が尽きると言われています。

 

私の場合は先天の気は枯渇していても、神気をたくさん取り込める様になっていますので、補充に次ぐ補充で何とか生きているという状態です。

 

 

 

今回の邪気はきつかったので、私は疲労困憊でした。

お客様の中には、他人の悪念(怨念)を受けていたり、家系に伝承される負のエネルギー(因縁)を持っていたりする人がいます。

私は気(エネルギー)の感覚でだいたい判別がつきます。

これらの邪気は特に強烈です。

 

苦しんでいる本人が自業自得であれば致し方無いところもありますが、中には本人が何も悪くないのに苦しんでいるケースもあります。

そのような人の中には人間性の優れている方もいます。

他所でどうにもならないので、私のところに巡ってきたのでしょう。

 

そういう方を何とかして助けてあげたいと思って立ち向かいますが、強大な邪気で私はダメージを負ってしまうことが少なくないのです。

負けてたまるかと気持ちを奮い立たせて気功治療に向かいますが、命の瀬戸際に立っている感覚で、一歩間違えばどうなるかわからないと思うことはよくあります。

 

 

 

そのような邪気に接するにつれ、

 

「なぜこんな惨めで悲しいエネルギーが存在するのだろう。」

「なぜ愛一辺倒で生きられないのだろう。この人間界は辛いな。」

 

と切なくなります。

 


baba.jpg 

シルディ・サイババ

 

シルディ・サイババはなぜ苦虫を嚙み潰した様な、悲し気な表情をしているのでしょうか。

ある人が言いました。

 

「それは、ババが人の苦しみを取り除いてあげていて、それを感じているからでしょう。ババは慈悲(愛)で人を包んでいるのです。」

 

 

それを聞いて、シルディ・サイババと同じではないにせよ、人の苦しみを取ることで苦しんでいるのは自分だけではなかったのだと目が覚める思いがし、気持ちが奮い立ちました。

 

 

 

私は生に執着しない意識で、いつ逝っても覚悟はできているという気持ちで生きています。

ダメかと思ったら武士の様に潔く最期を迎えようと常々考えています。

私の生徒さんやお客様にも同様の考え方の人は少なからずいます。

私はそのような姿勢が霊性の高さの現れの一つであると考えてきました。

 

しかし、今回瞑想の中で、シルディ・サイババから「どこまでも生き抜くことが大事なのだ」と教えられた気がしました。

 

これまで2年先までの人生設計しかしてきませんでしたが、今一度100年生きるつもりで人生を組み立て直してみるつもりです。

結果的に、何歳でこの人生に幕を下ろすことになるかはわかりませんが、「ダメなら終わってもいい」という気持ちで生きるのと、「生き抜く」という気持ちで生きるのでは人生に大きな違いが出るに違いありません。

 

 

 

 

とは言え、今回負ったダメージは甚大で、身体が辛くて「今度ばかりはダメかなぁ」と悲観的に思う場面もありました。

しかし、私の負ったダメージを修復すべく、姉弟子が土曜日の28時(つまり日曜日の午前4時)までヒーリングでケアしてくれました。

 

「すっきり爽快とさせてあげたかったけど、ゴメンね」

 

と終わり際に姉弟子が詫びてくれましたが、そこまでしてくれて感謝の言葉もありません。

姉弟子の疲労もピークに達していることはよくわかりました。

姉弟子は日曜日の朝7時に発つ所用があったのですが、私の為にほとんど眠る時間がなくなってしまいました。

 

 

確かにスッキリ爽快とまでは行かなかったけれど、お陰様で十分気功治療ができるレベルまで回復しました。

多分、ズタボロになって落ち込んだところから回復する度にスーパーサイヤ人の如く強くなっているのでしょう。

 

                                                              

この様に師匠や姉弟子は私が存分に働ける様、また力を最大に伸ばせる様、いつも応援してくれています。

また、多くの見えない神霊も私のために力を与えてくれています。

気功治療の現場では私一人が頑張っているのではなく、多くのサポートを受けながらやっているのです。

 

回復した癒しの力でまた月曜日から獅子奮迅の働きを見せるつもりです。

日曜日、ゆっくりと休息はありませんが、月曜日から全力で立ち向かわなければならないお客様が待っています。





2018_10_29


matterhorn-968_6401.jpg


皆さん、こんにちは。

 

私が度々密教瞑想講座サットサンガ(真理の集い)でお話することに「霊性修行はSlowly Slowlyという言葉があります。

これはインドの聖者が語った言葉で、「霊性修行の歩みはゆっくり進むものだよ」という意味です。

 

霊性修行に励む者は、それぞれに目標があります。

悟りを啓きたい、法力や霊能力を得たい、問題を解決したい・・・等々様々ですが、それを早く手に入れたいと躍起になっている方が多いです。

 

その様な姿勢に対して、聖者はゆっくりしか進まないし、時間がかかるものですと伝えたのです。

特に正法においてはそれが顕著です。

 

 

 

しかし、一方ブラックな力(邪法)は短期間で得られます。

ブラックな力とは、闇の力・ダークサイドとも言えます。

スターウォーズで言うと「シス」ですね。


darth-vader-880128_640.jpg 

 

その様な修行は、夜中に墓場に忍び込み、人肉を採集して食べたりする等おぞましいことを修行の一環としてすると聞いたことがありますが、私も詳しくは知りません。

こうしたブラックな力は、短期で得られるのみならず、パワーも強力です。

しかし、それには相当の見返りがあり、その代償をいずれ払わなければなりませんから、近づかない方が賢明です。

 

正法を求める者は、弛まず地道に修行に励まねばなりません。

ですので、忍耐力の涵養(かんよう)が重要となる訳です。

 

 

 

しかし、霊性修行は「Slowly Slowly」といった意味をはき違えている人も散見します。

どの様に勘違いしているのかというと、修行する量が少しで良いと捉えているのです。

 

私が言う意味はその様なものではなく、成果がゆっくり現れるという意味です。

練習・鍛錬の量が少なくて良いという意味ではないのです。

瞑想を120分する人と、13時間する人とではその伸長に差が生じるのは当然です。

 

瞑想も他の技術同様に一定量の練習・鍛錬が必要となります。

他の技術や勉学もそうですが、ある程度の練習ボリュームをこなさなければ上達しません。

他人と同じことをやっていては、せいぜい並みで終わります。

 

野球選手で超一流の長嶋茂雄さんや落合博満さんはかつて現役だった頃、深夜でも自室でバットの素振りをしていたと聞きます。

才能豊かな人が狂ったように練習をしているのだから、素晴らしい結果が残るのは至極当然です。

野球選手が春季キャンプに参加して、それだけで「練習したな~」と開放感を得ている様でしたら、ユニフォームを強制的に脱がされる日も遠くはないでしょう。

勉強もそうですが、他の生徒と一緒に授業を聞いているだけで独習しなければ、他人より良い成績をとることはできません。

 

 

 

瞑想もそれと同じです。

世界には稀にさほど修行の経験もなく悟りの境地に至る者もいますけれど、その様な人は特別で、過去世でそこまでの準備(=修行)をしてきたものと考えられます。

自分が凡才と思えば、人以上にやらなければ人並みにも届きません。

私は自分自身を凡才と認識していますから、いつも頭の中は治療や修行のことを考えています。

それでも人並み程度にしかなりません。

 

霊性修行で到達したい目標があるならば、それ相当の努力を要するというのは覚悟した方が良いです。

いくら伝法で力を伝えても、のほほーんとしていてはその芽はあまり大きく育つことはないでしょう。

 

「天は自ら助くる者を助く」と言います。

それはできるだけの努力をした者だけがその果実を得られるという意味です。

私は自分自身が上から「やれ!やれ!」と強いられるのを好みませんので、他人に対してもその様に行動を強いることは日常しません。

それに安住していてはダメだということです。

仏陀でさえ肉体の現界まで自分を追い込んで修行していますから、それを考えたら自分が為すべきことは自明です。

 

 

量をこなして頑張っているつもりでもなかなか自分の成長している実感が得られないという時もあるでしょう。

そんな時でも、地面の下では種が発芽し大きくなっています。

登山では、山に入ってしばらくは森が鬱蒼(うっそう)としている山道を登りますから、どれだけ高所に登っているか見当がつきません。

しかし、ある一定のところまで登り視界が開けた時、「わっ!!こんなに高いところまで来ていたのだ!」と認識できるのです。

 

霊性修行においても同じで、ある時自分の成長をはっきり認識できる時が必ず来ます。

それを信じて弛まず歩んでいきましょう。






2018_05_27


Fotolia_187238382_S2.jpg 



皆さん、こんにちは。

 

214日(水)はマハー・シヴァラートリーの祭日です。
この日はシヴァを祀る一年で最高の日とされており、シヴァ神に帰依する者はこの日に断食をしたり、またマントラ瞑想をしたりしてシヴァ神を崇拝します。

シヴァ神というとヒンズーの神であり、日本では名前は知られていても信仰する人は多くない様に思います。
しかし、シヴァ神は仏教の中に取り込まれ不動明王・千手観音菩薩・大黒天として日本では信仰されています。
シヴァ神について私の主宰する「スピリチュアル・ヒーラー養成塾」のサイトでも紹介しています。


➡ シヴァ神

今年はマハー・シヴァラートリーの夜に合同瞑想会を開催します。

この日に集い、皆でご一緒にシヴァの瞑想をしましょう。

 

 

マハー・シヴァラートリーの瞑想会 ; 214日(水)18時~20


インド雑貨通販のシータラーマさんのブログにマハー・シヴァラートリーが詳しく掲載されていますので、下記にご紹介させて頂きます。



 

2018214日は、マハー・シヴァラートリーの祭日です(インドでは13日となります)。


シヴァラートリーとは「シヴァの夜(ラートリー)または吉兆の夜」という意味です。シヴァラートリーは、毎月、満月から13日夜/14日目にあたります。しかし、特にパールグナ月(マーガ月となる地域もあります。2月〜3月)のシヴァラートリーは、マハー・シヴァラートリーと呼ばれ、一年の内でもっとも神聖な夜として知られています。


この夜、シヴァ神の信者たちは、断食をし、睡眠を絶ち霊性修行に励みます。シヴァラートリーは、月が満月から新月へと変化する境目です。充ち満ちた欲望(月)がやがて消滅していくように、満月から新月へと変化するシヴァラートリーの日に霊性修行に励むことで、欲望を滅し、解脱へと至る精神力が獲得できると信じられてきました。


シヴァラートリーの日は、シヴァ神を崇めるもっとも神聖な日です。この日には、シヴァリンガムを崇めたり、あるいは、シヴァ神の御名やルドラムを唱えたり、バジャンを歌ったり、瞑想を行うことがすすめられています。またルドラークシャを身に着けるのにもっとも適した日であるとも言われています。シヴァ・パンチャクシャラ・マントラ(オーム・ナマ・シヴァーヤ)も、この日に唱えることで、大きな功徳をもたらすといわれます。


shiva-797831_6401.jpg 


シヴァラートリーの日には、さまざまな言い伝えが残されています。

この日、シヴァ神はパールヴァティー女神と結婚をしたと言われています。シヴァとシャクティとの永遠の合一である非常に吉兆な日です。シヴァ神はエネルギーの原始であり、シャクティと共に創造者として、そしてマハーカーラとしては破壊者でもあります。

またシヴァ神が保護と維持、そして破壊のダンス「タンダヴァの踊り」を舞い、宇宙を創造したのも、この日であると言われています。

猛毒ハーラーハラが世界を焼き尽くそうとしたとき、神々の願いに応え、シヴァ神はハーラーハラの猛毒を飲みほし、世界を救いました。ハーラーハラは、シヴァ神にとっても強大な猛毒であったため、シヴァ神の首が猛毒で青くなり、このためにシヴァ神は、ニーラカンタ(ニーラ[]カンタ[])と呼ばれるようになった話は有名です。


シヴァ神にはさまざまな特性があり、マハーヨーギーとして、チャンドラシェーカラとして、ガンジス河の始まりとして、そして彼こそがこの宇宙のタントラ(テクニック)を理解する唯一のアゴーラ(シヴァの別名)でもあるとして知られています。彼は、マハーデーヴァなのです。


深い献身と共に、このマハー・シヴァラートリーの夜にマハーデーヴァを崇拝する信者たちに、シヴァ神はその至福から信者たちが望む結果を与えます。従って、あらゆる面での障害や苦難を取り除くため、この吉兆な夜に、人々は信心深くシヴァ神を崇拝するべきだと言われています。


多くの人々はこの日、早朝に体を清め、シヴァ神に心を定め一日を過ごします。断食を行う人々も少なくありません。未婚の女性たちはシヴァ神のような夫を授けられるよう、また既婚の女性たちは夫の健康と至福を願い、断食を行います。人々は夜にはシヴァ神を祀る寺院を訪れ、夜通しで賛歌を捧げ、祈り、シヴァ神を讃え瞑想します。家庭においても、夜には家族が集まりシヴァ神を讃えるプージャーが執り行われます。

この最も吉兆な夜が、皆さまにとっても祝福に満ちたものとなりますようお祈りしております。

 

 


 

 

では、マハー・シヴァラートリーの瞑想会の要綱です。

 

〔参加資格〕

 

スピリチュアル・ヒーラー養成塾の下記の講座受講者(受講中でも可)

・スピリチュアル・ヒーリング講座

・メディテーション&ヒーリング講座(密教瞑想講座)

・レイキ講座

 

●当院から下記をご購入された方

・ヒーリングスティック(銅製)

・ヒーリングスティック(独鈷杵)

・五鈷杵

・神獣の爪牙ネックレス 

・魔除けの缶 

(➡ 「邪気祓い開運堂」

 

●外気功療法さいたま院で水野博友の気功治療を受けたことがある方

 

〔参加費〕

3,000円(中学生以下のお子様は無料で参加できます)

 

 

 

瞑想初心者でも大丈夫です。

初めての方も奮ってご参加ください。

合同瞑想に参加して、たくさんシヴァのパワーを受け取って、たくさん浄化して帰ってください!

 

瞑想をしますので、腹一杯の状態で来ない様に。

できるだけ空腹の方が良いですね。(水分はOK。強制ではありません。)

 

 

参加ご希望の方は事前準備がありますので、メールフォームかメールよりご一報ください。

 

➡  「お問い合わせ」メールフォーム

 

それでは、多くの人とお会いできるのを楽しみにしています。


trisul-95051_640.jpg 




2018_01_24


shame-799098_640.jpg



皆さん、こんにちは。

1月の山の修行が終わり、埼玉に着いて記事を書いているところです。


-200673008635DB6902.png 

 

上の写真は師匠が半年かけて作った瞑想小屋です。

山の斜面の崖を重機も使用せずに削り、そこに瞑想小屋を建てたのです。


IMG_1661.jpg 

工事中の場面


師匠は大工ではありませんが、独力で洞窟を掘ったり、家屋を建てたりします。

それは手先が器用というレベルではなく、本当に見事な技です。

しかも、いつも図面も引かずに頭の中だけの設計図で次々に作り上げていきます。

「なぜできるの??」

弟子達は誰にもできない芸当に舌を巻きます。

そして工事中の師匠のことを「棟梁!」と敬意を込めて呼ぶのです。

毎月私は師匠の修行場を訪れていますが、その度に何か新しい物ができていて、いつも度肝を抜かれています。

 

今回は、師匠が名付けた「秘伝瞑想小屋」が完成していました。

私はその小屋で修行仲間とほぼ3日間朝から夜まで籠って瞑想をしていたのです。

 

その最中、師匠は小屋の中にあるホーマ(護摩炉)で香木プージャを行いました。

これは土曜の夜に行うご神木プージャとは異なるものです。

その時、師匠は人間関係において感情をコントロールする重要性について次の様に説法をされました。

 

 


 

 

この世界で生きていくのはどこまで行っても苦がつきまといます。

とりわけ人間関係の悩み・問題は尽きることがありません。

特に夫婦や家族、仕事の上司・同僚など関係が近い者との摩擦で私たちは心を悩ませます。

 

一体、なぜ私たちはその様な苦しみを味わうことになるのでしょうか?

 

 

釈迦はこの世は生老病死の四苦があり、人間として生きる以上その苦しみから逃れることはできないと説きました。

一時的な喜びはあれども、この世界は圧倒的に苦しみの方が多いです。

その苦しみを終わらせるためにも、私たちは修行をして魂を磨き、輪廻の軛(くびき)から脱却する(=解脱する)必要があります。


Fotolia_140463288_XS.jpg 

 

よく見れば、この世は性格の相反する者がなぜか身近にいて、人間関係の衝突がどこでも起こっています。

それはなぜかというと、魂の向上になる修行をさせられているからです。

 

人間がこの世界に生を受けた目的は魂の向上です。

修行により魂を浄化し続け、神と同じエネルギーになるのが人間の生きる目的です。

 

ところが、現在は末法の世と言われ、法は廃れ人々は神を見失っています。

金銭欲・所有欲・権力欲を満たしたり、五感を満足させる快楽を追い求めたりすることに汲々し、人間本来の生の目的を知らない人がほとんどです。

 

 

 

この娑婆(しゃば)では性格や思考の相反する相手が身近にいるため、怒りや不安などの感情が常に自分の中に起こってきます。

ネガティブな感情に振り回されることは、自分自身の身体や人生そのものを破壊する行為となり、毒を吐くのに等しいのです。

それで肉体の病気になったり、うつや精神の病になったりする人も随分いるものです。

感情に振り回され続けていては魂の向上にはなりません。

そのため霊性修行では、自分の感情を如何にコントロールするかが要となります。

 

 

 

では、自分の感情を乱す根本的原因は何でしょうか?

その答えはいろいろありますが、相手への期待がまず挙げられます。

相手に期待するから、それを裏切られると感情が乱されるのです。

親切心や親心で相手のために「ああせい」「こうせい」と指示命令しても、相手がそれに従うとは限りません。

むしろ考え方が異なる相手であれば従わないことの方が多いでしょう。

それで自分の感情が乱されるなら、相手に期待せず管理支配しようとしない方が良いです。

 

魂の向上のためになることを第一義とするなら、ネガティブな感情に振り回されない様にしなければなりません。

感情に振り回される位なら無責任にほかっておけばよく、その相手の面倒は神がみてくれると思っていれば気は楽です。

 

例え相反する相手と摩擦の末に勝っても満たされるのは一時的でしかありません。

しばらくすると次なる問題や刺客が現れて、また同じことに直面することになるのがオチです。

切っても切れない相手がいる、逃げようと思っても逃げられない相手がいる。

 

では、どうしたら良いのでしょう?

結局は相手を許し認めてあげなければ、根本的に解決することはないのです。

それは言う程たやすいことではありません、厳しい厳しい修行です。





私は人より執着が希薄であるという自覚がありますが、それでも人間関係で面倒な思いをすることがあります。

今回師匠が行ってくれた香木プージャで自分の苦の原因に〇〇があることに気付き、一つ壁を乗り越えた感がありました。

 




 


2018_01_08


Fotolia_30028700_XS.jpg


皆さん、こんにちは。

 

先の記事では「秘伝リラックスオイルの秘密」を発表しました。

「秘伝リラックスオイル」の特徴を一言で言うなれば、それはインドの聖者がミラクルの力を使って金(GOLD)をオイルに物質転換した物であります。

これまで多くの方にご愛用頂きました「邪気祓いオイル」、それにはその貴重な「秘伝リラックスオイル」が含まれる様になってからパワーが一層強力になりました。

 

今日はその「邪気祓いオイル」を使用した体験談をご紹介しましょう。

Aさん(女性)は「秘伝リラックスオイル」入りの「邪気祓いオイル」を使用したところ、ある種の神秘体験をし、それが余りに強烈な体験であったためその体験談を寄せてくださいました。

オイルの霊験がわかるユニークな体験ですので、ここに掲載させて頂きました。

(「※」は私の注釈です)




 

 

今朝は

秘伝リラックスオイルが入った邪気祓いオイルを

ほんの少し、気持ちだけつけて瞑想しました。

 

 

第三の眼

6番チャクラ(※眉間)に親指で付け、

香りがステキなので鼻筋、喉を通り鎖骨の辺りまで

オイルのついた指を動かしながら目を閉じました。

 

すると

まだ座る前に

 

間違えなく龍とわかるものが、自分に向かって飛んで来るのが頭の中に見えたのです。

 

焦り、急いで座り、

シヴァ神のマントラを唱え始めました。

 

龍は目の前にやってきて、

私の顔の高さに合わせ頭を落ち着かせると

じーっと見つめてきました。

 

私は、自分の眼でなく

第三の眼が合っているのを感じました。

 

ほんの12分か、数十分か、、、

身体の中を見つめられていました。

 

龍の顔は目の前にあるのに、私の身体の中を見られているのが分かるのです。

 

しばらく眺めると龍は頷くようにしてから

鱗を沢山の薄い貝殻がぶつかり合って鳴るような音を立て、1度後ろ足で立ち上がるようにして、第三の眼から身体に入り、真っ直ぐ下に下がって行き子宮を通り、膣でなく肛門でもなく、、、

なんか、その間?から出て行き

また、私と眼を合わせながら1度身体を伸ばし、グーッと入っては出るを何度も繰り返していました。

 

big-buddha-420008_6401.jpg 


しばらくすると、

 

今度は、朱色の影が近づいて来るのを感じました。

 

それと同時に、仏陀のマントラを唱えたくなり

オーム ナモー アミダユー

まで唱えると

 

影は、仏陀とハッキリわかりました。

 

そして

仏陀が座ったままの姿で近づいて来て、そのまま合体するように入ってきました。

 

確か背中から抜け、また入ってを、、、したように思います

仏陀のスピードは歩くぐらいでした。

 

入ってくる度に、仏陀の鎖骨と自分の鎖骨が重なり合うのを感じカチャっと鳴ると

それが横の線になり

 

仏陀の頭と私の頭

仏陀の手とミゾウチと丹田が

合わさるのを感じると

それは縦の線になって

身体に十字架が出来たのです。

 

そして最後に

仏陀の頭は、おでこ6番チャクラ

仏陀の胸は、鎖骨の上のくぼみ、、、先生(※水野)に会った時に指した箇所

 

2箇所に光となって入りました。

 

 

私は、自分から光が出ているのをしばらく感じていました。

 

6時頃から始めた瞑想でした。

 

今朝は太極拳があるので750分に家を出るアラームをセットしていて

アラームがなって、瞑想を終えたのです。

 

いつもは 1時間なのに、、、

 

物凄くあっと言う間に時間が経っていたこともですが、

 

物凄く、ぶったまげな体験でした。

 

 

太極拳に行って青空に手を伸ばすのですが、

 

ん?なんか、産まれ変わった?なんて思ったりしていたので

 

エネルギーが変わったとの先生の言葉にも驚いています。

 

 

日が落ちても まだまだ余韻が残っていて

体内の?脳内の?浄化でしょうか?(^_^;)

 

ヒマラヤのチョモランマでしたか?あのトンガリ山から自分まで一本道が繋がっていて

 

低い風の音に混じって

男の人の声が聞こえてきているのを感じています。

 

 

また静かに瞑想したら

まだまだ続きが出そうな感じです。

 

 

とにかく、貴重な貴重な

体験をさせていただきました。ありがとうございます。

 

スワミに、仙人先生(※水野の師匠)に、

水野先生に

感謝です

 



 

 

Aさんは6番チャクラ(眉間)に「邪気祓いオイル」を僅かに塗って瞑想を始めた所、龍と仏陀と遭遇するという神秘体験をされました。

オイルを作成した私の師匠の修行道場では主宰神としてシルディ・サイババ(≒シヴァ神)を祀っていますが、階梯が進むにつれて龍と仏陀との関係が深くなってきます。

Aさんの体験は「邪気祓いオイル」のパワーの源泉を裏付けるものでもあります。

 

「邪気祓いオイル」を6番チャクラ(眉間)に塗ったからといって誰もがAさんと同様の体験ができる訳ではありません。

「瞑想をしても私にはその様なものは見えない・・・」と落胆をする人もいるかもしれませんが、人それぞれエネルギーの感じ方は異なりますから、Aさんと同じでなければならないということではないのです。

 

Aさんには高い霊性と霊能があったため、この様な体験ができたのではないかと思うのです。

この様な体験ができると羨ましいとか思う人は少なくないでしょう。

人は結果だけ見て判断しますが、それまでどれだけ努力や経験をしてきたかという裏側を見ることはありません。

その人の現在というのは、これまで人生のアウトプット(結果)です。

 

インド・ヒマラヤに行くと、よく聖者が霊性修行について「Slowly Slowly」(ゆっくり ゆっくり)と言います。

霊性の修行はゆっくり歩むものです、決して焦ってはいけません。

自分を信じて着実に歩むこと、それが大事です。

日々の弛まぬ修行はいつの日か大輪の花を咲かせることでしょう。

 

flower-2512444_6401.jpg 

 


1480746418.jpg 

➡ 邪気祓いオイル





2018_01_04


sunrise-1959227_6401.jpg



皆さん、こんにちは。

 

2017年も最終日になりました。

私は29日が仕事納めでした。

よく「1年間早かったね」ということを言われる方がいますが、私はその様な感覚は毎年なく、その年の11日は随分と昔の様な感覚があります。

また、最近は時間の感覚が薄くなってきている様にも思えます。

 

私の生活は実に単調で、気功治療をしているか、瞑想しているか、後進の指導をしているか、山に修行に行っているか、大体その繰り返しです。

派手さが全くない、単調な生活の繰り返しが続いています。

 

サラリーマン時代は、次々に事業を展開させて行ったり、日本全土に出張に行ったり、仲間と飲みに行く機会が多かったり、華やかな世界にいたものだと思います。

その時代を動とすると、今は静と言えるでしょう。

 

静の生活は単調でも、人生の深化が進んでいて、飽きることがありません。

気功治療や瞑想は、外見はじっとしていて動きがなくても、その動作の中で感じられるものは多彩です。

客観的に私の生活はつまらなそうに見えるかもしれませんが、本人にとってはそんなことはないのです。

この一年、私は意識の変化、感覚の変化を感じてきました。

思えば遠くまで来たもんだと時々思います。

 

人間は自分のやることに快や楽がなければ、それを好んでやらないと思います。

ヒマラヤの聖者が森の中で独り瞑想に耽っているのは、傍から見ると何てつまらなそうな人生だろうと思えてしまいますが、本人にとっては苦ではなく、そこに快や楽があるから続けてやっていけるのです。

 

 

また、毎月恒例のサットサンガ(真理の集い)は10月から平日と土曜日の夜と2回開催になりました。

私自身はまだまだと思っていますが、参加者の方々から「面白かった」「勉強になった」とご感想を頂くと励みになりますし、次はもっと良いものをご提供しようと意気高くなります。

 

昨日ご来院のお客様にも話したのですが、サットサンガは事業の採算性という観点で見ると全然割が合わないのです。

1時間半位の説法に費やす準備(調査~レジュメの作成)にかかる時間は結構なものです。

回によっては、購入する書籍代や調査費が随分かかるることもあります。

 

では、採算に合わないから止めてしまえばよいかというと、そこは売上を追究する企業とは異なるところで、参加者の皆さんがご満足頂き、その霊性の成長に寄与するところがある以上は継続していかなければならないと思っています。

 

 

2017年のサットサンガは、次のテーマでお話しました。

 

 

1月   「風邪の本質~風邪を活かす方法~」

2月   「マハーシヴァラートリーの瞑想会」

3月   「仕事」

4月   「長寿と寿命を考える」

5月   「水の神秘」

6月   「地球・生命、そして天災」

7月   「ヒーリング概論」

8月   「人の思いの動き方」

9月   「心を病むこと、精神を病むこと」

10月  「『日月神示』から読み解く時代の大きな流れ」

11月  「思い出に残るウチのごはん」

12月  「霊性修行の基本~その学び方~」

 

こうやってみると、色々と話をしたものだと思います。

表題からは内容を推測できなくしているのも最近の傾向です。

 

10月の 「『日月神示』から読み解く時代の大きな流れ」は、神典「日月神示」から北朝鮮情勢を読み解いてみました。 

11月の「思い出に残るウチのごはん」はお釈迦様についてお話をしました。

 

私自身は間違いがないと信じて話をしているのですが、世間的には奇説珍説の類になるかもしれません。

大体世間の常識にどっぷり浸かっていると、真実に触れた時には容易に受け入れられないものなのです。

2018年のサットサンガも皆様にご満足頂ける様励んでいきますので、どうぞ応援してください。

 

➡ 2018年1月 サットサンガのご案内

 

 

 

それでは、2017年たくさんのお客様・ブログの読者の皆様には大変お世話になりました。

1年間のご愛顧お礼申し上げます。

 

2018年が皆様にとって輝かしいものになることを祈念し、今年の筆を置かせて頂きます。

深謝。



kuwait-252613_640 (1)1 




2017_12_31


IMG_23692.jpg 
秘伝リラックスオイル〔希釈版〕



皆さん、こんにちは。

 

前々回の記事で書いた「秘伝リラックスオイル」が思いの外反響がありましたので、今回はそれについてより詳しくお話したいと思います。

 

私の師匠のそのまた師はインドの聖者でカレスワーラ・スワミ(僧)という方でした。

カレスワーラ・スワミは既に鬼籍に入っていますが、生前は余人の追随を許さないレベルの奇跡(ミラクル)を多く現しました。

私の師はその永いインド修行の経験の中で、「あれ程のミラクルができる聖者は他におらんじゃろう。」と言っています。

 

カレスワーラ・スワミは自身をシルディ・サイババの直弟子であると謳っています。

しかし、シルディ・サイババは1918年、ちょうど今から100年前に他界していますので、若いスワミが出会うはずはないのですが、カレスワーラ・スワミは「私の前にシルディ・サイババが肉体を持って現れた。」と語っていました。

 

普通の人が、例えば100年前に他界した人物と会ったと言えば只の法螺吹きという扱いになりますが、物理法則を超えた奇跡現象を日常的に起こしていたスワミが言えば、その言葉も何やら信憑性を持ってきます。

 

Fotolia_48572309_S1.jpg

シルディ・サイババ 

 

さて、カレスワーラ・スワミは本拠地をインドに置いていましたが、その実力と名声が高まってくると日本にもたくさんの信者が出て来ました。

当時日本人グループの窓口になっていたのが私の師匠で、カレスワーラ・スワミを師の大分県の修行道場に招待し、そこで多くのワークショップを行った時代がありました。

 

師の庵はカレスワーラ・スワミの日本人グループの活動拠点となり、その関係で師とカレスワーラ・スワミは師弟を超えた太い関係を築く様になりました。

カレスワーラ・スワミは師に対し他の生徒に見せない幾つかの秘伝を授けました。

その一つが、土地をパワースポットにする秘伝の技だったのです。

 

 

 

ある時、スワミは師に対し「金を1㎏持ってくる様に」と指示を出しました。

先のブログに書いた件でありますが、当時師はそれに応じられるだけの財力を持っていたのです。

 

そして、スワミは金1㎏をベースに、ヒマラヤにしか咲かない花、秘密の神の草、ある動物の一部などを混ぜた上で高温に熱し、ミラクルの力を使って金を溶かしオイルを作り出しました。

金に熱を加えてそれがオイルになるはずはありません。

スワミはその精製の過程で神の力を使って、オイルを現出させたということなのです。

 

「このオイルを地中に埋めれば地のエネルギーを浄化し、そこを聖地化する」


と、スワミは言われました。

しかし、それには一つの制約がありました。

それは12年間埋めたままにしてそれを口外してはいけないというものでした。

それ故に最低12年間はそれを掘り返すことも開封することもできなかったのです。

 

神の制約を反故にすれば、期待される効力は無に帰します。

師はその制約を守り一切漏らすことなく10数年経過した今この時期にしてようやく表に出すことに踏み切ったのです。

私は永く師の下で修行をさせてもらっていますが、今回この奇跡のオイルのことを初めて伺いました。

今回の修行で幸運にもその恩恵を享受することができた次第です。

 

IMG_23251.jpg 

秘伝リラックスオイルを使った師のファイヤープージャ(護摩)

 

そのオイルは師によって「秘伝リラックスオイル」と命名されました。

2017年の12月の行より師は弟子の修行やご神木プージャ(護摩祈禱)に「秘伝リラックスオイル」を使用し始めました。

 

ご神木プージャではこれまでも炎にパワフルなオイルを投入してきましたが、今回のオイルの一部に更に強力な「秘伝リラックスオイル」を用いましたので、炎の火力やエネルギーたるや凄まじいものがありました。

それだけにご神木プージャの参加者の皆様の願い事が速やかに成就することを祈らずにはいられません。

 

 

 

また、「秘伝リラックスオイル」は瞑想にも素晴らしい影響を与えます。

12月の修行ではドゥルガー女神とコネクトするマントラを伝授されました。

これまでも私はドゥルガー女神のマントラを多用しており、ドゥルガー女神との結びつきは深くなっていると感じられていましたが、今回はその更なる上を行く上級のマントラです。

そして、マントラ伝授の後に師が「秘伝リラックスオイル」(原液)を第三の目(眉間)に塗ってくださいました。

そうして雪が積もる山の洞窟に籠り、独り永く瞑想をしていました。

 

durga-727064_12802.jpg 

ドゥルガー女神(戦いの女神であり、シヴァ神の妻) 


このオイルのパワーは予想以上であり、さすがにカレスワーラ・スワミが秘伝を用いたものと頷けるものでした。

おそらくオイルのエネルギーにより前頭葉皮質が活性化され、松果線よりホルモンがバンバン放出されていたのではないかと思う所です。

 

 IMG_23072.jpg

山の斜面に作られた子宮洞窟の内部

 

 

私は今回師よりこの「秘伝リラックスオイル」(希釈版)を少し譲って頂けました。

密教瞑想講座やサットサンガの際に参加者の皆さんにそれを披露できる時があることでしょう。

 

 

そして、これまでたくさんの方にご愛顧頂いた「邪気祓いオイル」に僅かではありますがこの「秘伝リラックスオイル」を成分として混ぜて貰えることになりました。

微量であっても「邪気祓いオイル」の力は相当増強された感があります。

 

師匠と私は「秘伝リラックスオイル」を混ぜた「邪気祓いオイル」を見て、

 

「お~、凄いものだな!!」

 

と、共に感嘆の声をあげていました。

 

元は純金1㎏だった「秘伝リラックスオイル」、これが混ざっていても「邪気祓いオイル」はお値段据え置き6,000円(税・送料込み)でお求め頂けます。

ご関心がある方は、秘伝の原料がなくならない内にお早めにお求めください。

きっとそのパワーの恩恵を享受できるものと信じております。


➡ 邪気祓いオイル

 

 


2017_12_26


IMG_19521.jpg


皆さん、こんにちは。

私は毎月山の中で4日間の修行をしているのですが、それ終えて街に帰ってくると、毎回さながら下界に降りて来た気分になります。

私は街(特に繁華街や駅)が本当に苦手です。
なぜなら、私は人の情報が色々と入って来てしまうので、とても苦しくなってしまうからです。
街中は疲れるから苦手という人も少なくないと思いますが、修行後の私はそれが特に顕著なのです。
この世界は本質的に美しいはずなのですが、なんでこんなに苦しみに満ちているのだろうかと悲しくなります。


sunset-1670219_640.jpg 

地上から雲を見ると、同じ位置に浮かんでいる様に見えますが、実際はそうではないのをご存知ですか?
飛行機の窓から見るとわかりますが、雲は空に何層にもなって浮かんでいるのです。
そして、雲は上層に行く程、薄く軽く精妙な形状になっています。
同じ水蒸気なのに、浮かんでいる場所が違うというのは不思議に思うでしょう。


それを見ると、まるで人間の霊層の様だと思います。
同じ地球に生きていて、同じ人間という生物に括(くく)られますが、その魂の格(霊格)は天地の違いがあります。

嬉し嬉しで愛に満たされ生きている人もいれば、怒りや憎しみ・嫉妬、不満・心配・不安などのネガティブな思いにどっぷり浸かって苦しんでいる人もいます。
また、自分の周りの人の幸せのために奉仕をして穏やかに生きている人もいれば、自分の肉体的欲求やプライドなどを満たすために飽くことなく貪欲に生きている人もいます。


街中に出ると、その後者の思いや未浄化霊が溢れかえっていて、それが私には辛く感じる時があります。
それを共感できる特質は、気功治療家にとってお客様の苦しみやその根源を感じやすいということになるので大変重宝する能力になるのですが、それも諸刃の剣です。



何でも相談できる兄弟子にその話をしたところ、

「水野さんもそろそろ山の中に移住する時期が来ているのかもしれないね。」

と、言われました。


インドの聖者も高等なレベルになると、街中から離れヒマラヤなど人里離れた山中に移るといいます。
そして、彼らはお金からもカルマのエネルギーを受けると言って、お金に触れるのも憚(はばか)ります。
人と会うのも、相手を厳選し交際する様になります。


山の中に住めたらどんなに楽かと思わずにはいられませんが、私は浦和でやるべき仕事がありますからそうするわけにはいきません。

しかし、辛い辛いと余りそれをばかり言っていると早いうちにあの世に連れて行かれますので、愚痴をこぼすのもこの辺りで止めておきましょう。
皆が自分のことばかり考えず、愛と許しと笑顔を持って自分の周囲の人に温かい気持ちで接することができれば、この世界はもっと美しくなります。




2017_09_20


jizo-338822_640.jpg


皆さん、こんにちは。

皆さんは、笠地蔵という昔話をご存知でしょうか?
私は小学校の頃教科書に載っていたのを覚えています。

➡ 笠地蔵


笠地蔵っていい話ですね。
私は一見世間的に馬鹿みたいな行動をする善人が大好きですし、自分もかくありたいと思っています。
でも、この昔話を読んでお地蔵さんに霊験があると知り、同様の行動を取る人はほとんどいないことでしょう。
今日はその笠地蔵と良く似た話をします。



初秋の午後、山中での修行中、兄弟弟子のTさんがある仏教寺院を参拝した後に「身体が重くなった。」と訴えました。
「まるで石を背負っているかの様だ・・・」と目をつぶってぐったりと辛そうです。
師匠は、それに対し瞑想を勧めるでも、ヒーリングをするでもなく、

「Tさん、どこでもいいからお地蔵さんのところに行って、お参りをして来なさい。花や線香を捧げたらお地蔵さんも喜ぶことじゃろう。」

と、答えました。


その後、Tさんは私を連れ添って、車で10分以上走り、近くのお地蔵さんのところに行きました。
高さが60㎝位のお地蔵さんでしょうか、酒やドリンクが3つばかり置いてあり、赤い頭巾と前掛けをしています。
誰かが定期的に訪れ、お参りしている様子が伺えます。

土台の石には「鎮魂」と刻んでありました。
きっとかつてここで何かの事故や災難があったのでしょう。


Tさんと私は、お地蔵さんの周りの草を刈り、水で全体を洗い始めました。
往来の多い通りなので、少々恥ずかしい気持ちもありましたが、お地蔵さんを洗っていると自分自身の心が洗われていく様で、何とも言えず清々しい気持ちになりました。
伸び放題に伸びた草もさっぱりと刈られ、石に付着した苔もすべて水で洗い流されました。

「あぁ、すごくきれいになった・・・」

そして、2人でお地蔵さんに「ナンマンダブ、ナンマンダブ・・・」としばらくお祈りをしたところ・・・

スーッと肩首の重さが軽くなりました。
私は正直特に何も期待していなかっただけに「あっ!スゴイ」と思いました。

そして、Tさんは「身体がとても熱くなって、重いのが急に軽くなった。」と驚いていました。
相当辛かった身体がこの短時間で楽になったのです!


修行場に戻ると、他のお地蔵さんを洗いに行った熊さん(人間です、女性)も

「すげー身体が熱くなった、ここに戻ってくるまでずっと熱かった!!」

と感嘆しきりです。



その感想を聞いた師匠がこう言いました。

師:「昔はあちこちにお地蔵さんがあったが、今は信仰が廃れそれもどんどん少なくなってしまった。昔はお地蔵さんの霊験を知るお年寄りも多く、水子地蔵やイボ取り地蔵などあったんじゃ。オレの子供の頃は医療も発達してなかったから、イボができたら『あそこのお地蔵さんを撫でて来い』と言われたもんだ。」

師:「放置されたお地蔵さんや無縁仏に手を合わせると、ずっと誰にも気づいて貰えんかったから喜んでくれるんじゃ。お地蔵さんがいたら、ちょっと立ち止って手を合わせるだけでもいい。花や線香を捧げてあげるともっといい。香りは神のごちそうだからな。今日の様に洗ってあげたら最高じゃろう。


お地蔵さんにその様な力があるとは全然知りませんでした。
お地蔵さんが恩返しをしてくれるとは、本当に笠地蔵の様です。



私が「お地蔵さんも入魂されているのでしょうか?」と師に尋ねると、

「いや、多くは入魂されとらんだろう。しかし、百年以上かけてたくさんの人が拝んだ仏像は力を持つ様になるのだ。だから一般的にたくさんの人が拝んだ仏像ほど力を持っていると見ていい。」




私:「今日のお地蔵さんは首が落ちた後があって、接着されていましたね。」

Tさん:「この辺りで数年前仏像などが破壊されることが多発した事件があったので、それかもしれません。まったく酷いものです。」

師「そんな罰当たりな奴がいるもんだ。お地蔵さんの首肩を撫でてあげたら自分の肩が軽くなる様に、お地蔵さんの首を落としたりすれば、それは重大なカルマになって自分の首にはね返って来よう。今既に首が曲がって苦しんでいるか、来世に障害を持って生まれて来ることになろう。」

「余り大きな声では言えんが、その様な法則があるのだ。それは神のカルマというものだ。それは本人が気付いて反省するまで苦しみが続く。どこに言っても治らない訳のわからん病気だ。それをヒーラーが治そうとすれば、ヒーラーにダメージが来ることになる。その様な人は治してはいけないのだ。」

「しかも、それが本人だけに留まらず、家族や子孫まで及ぶこともあるからな。」


まったく真理に対する無知というのは恐ろしいものです。
科学的でないという理由で、神を信仰する人は現代では少数派です。
この様な話は魂で聞くものなので、曇りがある人にはまったく伝わらず迷妄の類や狂信として片付けられます。

神のカルマのみならず、先祖の因縁で苦しんでいる人を私は数多く見て来ています。
善人のお客様がどうしてこうも苦しむのだろうかと解せず、私は苦渋の表情を浮かべることもありますが、その問題・苦しみの原因は本人自身が作ったものでないこともよくあるのです。


Enma.jpg 
閻魔大王(出典:wikipedia)

師:「何と言っても閻魔大王はお地蔵さん(地蔵菩薩)の化身だからな。何でもお見通しで善行も悪行もすべて閻魔帳に記載されとる。」

「お地蔵さんは信仰への入り口だ。だから昔は村や町のあちこちにあった。お地蔵さんを拝んで験があれば、『あぁ、ありがたい』と感じ益々信仰が深くなっていく。そうして神仏とのつながりができていくんじゃ。」

「最初は現世利益の願いでもいい。最初の内、神は苦難を与えて欲で釣るのだ。」

「だから『身体が痛いところを治してください』とお地蔵さんを洗いに行けばいいんじゃ。全然金はかからんだろう。そうして神の力や偉大さを知ったら、次第に自分自身のことだけではなく、周りの人の幸せを祈る様になる。それが信仰というもので、功徳を積んでいくことになるのだ。」



「これは実にいいことを聞いたなぁ」と正直思いました。
現代は人の心が荒廃し、人の道を知らない輩が多くいます。
それだけにこの様なことを周りの人や子供・孫に伝えていかなければならないとも思った次第です。

今日のこのお地蔵さんの霊験を知って、心に響いた方はお近くのお地蔵さんを詣でてください。
できれば、お花やお掃除セットも持って行かれると良いです。
すぐに実践できる人は不思議と神仏に護られる人生を送ることでしょうし、家族や子孫も運に恵まれることでしょう。



私は日々気功治療に携わっている中で常々感じることは、人の徳(善行の貯金)と業(悪行という負債=バットカルマ)です。
病気の人を良くしてあげたいと心から思い気功治療にあたっていても、たくさん気(エネルギー)が降りてくる人と、カツカツで気が降りてこない人がいます。
前者の場合は短期間で病気が改善することが多いのですが、後者の場合はなかなか思う様に回復しません。
この様な経験を通して、天の貯金・カルマというものの存在をリアルに感じられる様になりました。

この世界を問題や災難少なく安泰に生きていきたいと願っても、全然叶わず苦労の連続の人もいますし、何事も恵まれ順風で心穏やかに生きていかれる人もいます。
後者の生き方をしていきたいと願えば、人知れず善行を重ね、天の貯金(これを陰徳といいます)を積み重ねなければなりません。

その一つが今回のお地蔵さんであり、そのために私たち修行者に今回素晴らしい霊験を顕してくれたものと思います。




2017_09_10


10  « 2018_11 »  12

SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

プロフィール

水野博友

Author:水野博友
気功家・ヒーラー・瞑想家
気功で人の病気や苦しみを癒すヒーラー

愛知県出身、早稲田大学商学部卒。
埼玉県さいたま市浦和区で気功治療院「外気功療法さいたま院」を開業、肉体の病~精神の病まで日夜 気功の施術を行っている。遠隔気功の実績も豊富。
満月時は日本の山に籠り密教修行を行う、また2011年より定期的にインド・ヒマラヤ、インドネシアに渡り様々な聖者の指導を受けて霊性修行に励んでいる。

フリーエリア





ツイッター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR




page
top