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皆さん、こんにちは。

私たちの人間関係というものは今生だけのものだけではなく、過去世の因縁が影響していることが往々にしてあります。
特に身近な人との間に因縁というものが関係しています。

理由もなく腹が立つ、訳もなく悲しくなる・・・というのは過去世に原因があるのかもしれません。
でも、それがなかなかわからない、今生だけの視点で原因と解決を探るから人は苦しむのだと思います。
以前に施術をさせて頂いた多汗症の若い女性は、過去世で殺されそうになった体験のトラウマが原因していたことがありました。


因縁というものは、今生でそれを乗り越えて解決しないと、また来世に宿題となって持ち越すことになります。
来世でまたそれと形を変えて直面しなければならないとは、全くもって面倒なことですし、嫌な事は早く解決してスッキリしたいものです。

昨日ご来院の女性は、夫婦関係に悩みを持っていました。
ご本人曰く、それは約400年前に仇同士だったことに原因があるということです。
離婚してそれから逃避するのも一つの解決ですが、問題とがっぷり四つに組んで早期解決を図る方が賢明なのでしょう。



12月のサットサンガでは、「家系のカルマ」をテーマにお話ししました。
その時に参加者の一人から寄せられたご感想ですが、これを読んでも人の人生には因縁が絡んでいるというのが容易に理解できます。





今日は家系のカルマのお話をありがとうございました。
自分としてはどうしてもこれは聞かなくてはと思っていた話題なので、大変興味深く聞かせて頂きました。

自分はおそらく先生の言われているサットサンガに参加している業の深い人間の一人かと思うのですが、過去にカルマによるものと思われる非常に記憶に残っている出来事がありました。

これは私が結婚して数年程してからの話なのですが、妻の様子が急に男っぽくなってきたことがありました。
最初はテレビを見てガハハと笑ったり、ふとしたところで男性的なそぶりが目立ち始めたのです。暫くすると、それに加えて私の生活態度などの行動に対して急に細かい指摘をするようになり、うまくいかないとも猛烈な勢いで怒り出すようになりました。その怒り方も次第にヒステリーを通り越した尋常で無い様子になっていきました。
流石にどう見てもこれは普通の状態ではないと思い、とある霊能者の方に見て貰った事がありました(因みに妻には内緒で遠隔です)

結果今起きている事の原因は、過去世での妻と私の間に起きた出来事によるカルマから来ているとの事でした。
その方によると妻と私は過去世で数百年前の日本で今とは性別が逆転して私が妹、妻が兄のようでした。
兄妹はある日川で遊んでいたそうなのですが、誤って妹が川に流されてしまい亡くなってしまいました。その時兄は自分が見ていながら妹を死なせてしまったことが大変心残りだったようです。
(この時の様子は自分も数年前に一度夢として出てきた事がありました。)
妻の過去世での魂はまだ成仏できておらず、今世で妻との関係になったタイミングで今度は同じような事にはさせまいと、今の妻を通じて私にいろいろと指導しようとしていたようなのです。それが妻の変貌の正体との事でした。
最終的には霊能者の方に今は兄妹ではなく夫婦として頑張っていて、あなたの指導が無くても大丈夫だからと兄を説得して頂き、今は無事元の妻に戻って以前の通り仲良く生活しています。
自分が知る由も無い過去世での偶発的な事故からでさえこのようなカルマが生まれてしまうと思うと、本当に身につまされるものがあります。

私の場合背景としてこのような事もありましたので、今日のお話でバッドカルマの種を蒔かずに生活することはやはり後々の家系の世代や場合によっては来世以降の自分の為にとっても必要なことなんだと確信することができました。

貴重なお話を聞くことができてとても良かったです。ありがとうございました。




人生には問題や悩みが尽きませんが、それを一つ一つ解決し、乗り越えていくことが因縁解消になるのです。
自分自身の人生を明るくするためにも、また子孫に負の遺産を残さないためにも、苦しみの種はいつかなくなると希望を持って前向きに生きていきましょう。




2017_03_04


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ザ・ビートルズやスティーブ・ジョブズら多くの著名人に影響を与えたとされる、ヨガの伝道師パラマハンサ・ヨガナンダの生涯に迫ったドキュメンタリー「永遠のヨギー ヨガをめぐる奇跡の旅」予告編。
4/30よりユーロスペースにて公開。






『永遠のヨギー ヨガをめぐる奇跡の旅』は、現在世界で3億人もの人々が愛好する<ヨガ>を諸国に広めた「西洋ヨガの父」として知られる偉大なヨギー(ヨガをする者)=パラマハンサ・ヨガナンダの生涯を辿る作品です。
なぜ、文化も習慣も違う遠い異国の地・インドに生まれたヨガが、東西を問わず今日までこれほど多くの人々に受け入れられているのか?それは、ヨガナンダの功績を抜きにしては語れません。
人種差別が横行する1920年代のアメリカで、ヨガがもたらす“調和”と“愛”を説くヨガナンダに、人びとは惹き付けられていきます。
それは時代を超え、ザ・ビートルズのジョージ・ハリスンをしてヨガナンダの著書「あるヨギの自叙伝」に出会ってなかったら今の人生はないと言わしめ(ヨガナンダはザ・ビートルズ「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のジャケットにも登場)、アップル社創業者のスティーブ・ジョブズは、「あるヨギの自叙伝」を唯一自分のiPadにダウンロードし、繰り返し読んでいたといいます。
また本作中ではヨガナンダとインド独立の父・ガンジーとの交友も描かれ、その生き方と精神は、現在もたくさんの人々に受け継がれています。
作中では、ヨガナンダの貴重な映像と、ジョージ・ハリスンやスティーブ・ジョブズなど多数の著名人の証言や逸話を通して、アカデミー賞ノミネート歴のあるパオラ・ディ・フローリオとサンダンス受賞歴のあるリサ・リーマンが、彼の生涯と教えに迫ります。
アメリカ、オーストラリア、ブラジル、ドイツ、イタリア、フランス他、全世界でロングラン上映中の本作が、ついに日本上陸です!

(出典 : ユーロスペース






この映画は聖者パラマハンサ・ヨガナンダの人生を描いたノンフィクション映画です。
パラマハンサ・ヨガナンダと言えばあの「あるヨギの自叙伝」の著者です。




「あるヨギの自叙伝」はスピリチュアルに関心がある人の間では昔から注目されている本で、故・船井幸雄氏も人生で最も影響を受けた2冊の本の1冊としてこの本を挙げています。
私も大分前に読みましたが、その頃はインドの聖者とはどの様な者か全く知りませんでした。
そんな時分にこれを読んで随分衝撃を受けたことを覚えています。

インドの聖者の情報は今でこそ大分入りやすくなりましたが、当時は余り情報もありませんでした。
後になって自分が幾度もインドやヒマラヤに行くことになるとは皆目思いもよらぬことでした。

「あるヨギの自叙伝」にはビックリする様な話がたくさん載っています。
その本にはヨガナンダの写真は幾つも出ていますが、その動画が見られるというのはとてもありがたく貴重な機会です。

なぜなら画像からはその人の気(エネルギー)が伝わってくるからです。
ヨガナンダの波動を、その映像と声から受けることができるのです。
この様なチャンスはめったにありません。

また、ヨガナンダの師であるスリ・ユクテスワやガンジーも登場します。
私は両氏の気(エネルギー)もまた凄いものだと思いました。

霊性修行における師弟関係は今生だけのつながりではなく、遠く過去世からのつがなりがあります。
ヨガナンダと師・スリ・ユクテスワもそうでした。
永く霊性修行の師弟として愛で結ばれた2人の関係は見どころの一つと思います。

20世紀の初頭にインドから遥々アメリカに移住してそこで布教をするというのは並大抵のことではなかったはずです。
障害も数えきれない位多かったでしょうし、また多くのネガティブなエネルギーを受けていたことでしょう。
ヨガナンダが多くのアメリカ人を啓蒙した功績は確かに偉大ではあるけれど、それが使命だったとはいえ、本当に大変な人生を送られたと思わずにはいられませんでした。



私はこの映画にとても満足しました。
インドの聖者とはどの様なものか、また霊性修行とはどの様なものか、それに関心がある方には是非ともお勧めの映画です。

首都圏では渋谷のユーロスペースで上映しています。
人ごみが嫌いな私は何年かぶりに渋谷のど真ん中にいきました。
ユーロスペースはラブホテル街のど真ん中、人ごみをかき分けて頑張って行ってきました。
帰ってきてへとへとになりましたが、聖なるエネルギーもたくさんいただけましたよ。

4月30日公開ですが、ユーロスペースではいつまで上映しているかよくわからないのでご確認の上観たい方はお早めに行ってみてください。

 永遠のヨギー ヨガをめぐる奇跡の旅




2016_05_01


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皆さん、こんにちは。

いつの間にか12月も中旬に入り、今年も残すところ半月のみとなりました。
12月は自宅や職場の大掃除をして一年の汚れを落とします。
掃除をすることは、邪気祓いの基本です。

病気、特にうつなどのメンタルの病気、自律神経失調症を抱えている人の中には自宅や部屋の片づけが全然できていなく、物が散乱している傾向があります。
特に重度のうつ病の場合では、掃除もせず、カーテンを閉め切って窓も開けない状態が続き、室内の気(エネルギー)が汚れている人をたくさん見てきています。
この様な病気を良くしていくために掃除をして普段いる場の邪気を祓うことも大事です。


企業でも繁盛しているところは、掃除を徹底的にやっています。
また、社長自ら率先して掃除を行っている会社もあります。
飲食店では、「餃子の王将」の創業者の故・大東隆行氏は早朝の5時30分から会社の掃除を行っていました。
また、「イエローハット」の創業者 鍵山秀三郎氏も社長自ら素手でトイレ掃除をすることで有名です。
この様な会社は人々に愛され発展している様に見えます。


一年間お世話になった家や会社を感謝の思いで掃除すれば、汚れや邪気が祓われて来年の開運につながります。
私も掃除をすると部屋が綺麗になるだけでなく、やっている内に自分の心も綺麗になっている様な感じがします。
掃除をし終わった後は、気持ちがとてもスッキリしています。


自宅や会社の掃除と合わせて大事なものが実はあるのです。
それは、

「自分自身の掃除」

です。


自分自身の掃除って何でしょうか?


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「見えない身体」(オーラ/気場/エネルギー体)


それは、自分の「見えない身体」(エネルギー体/気場)の邪気を祓うことです。
自分のエネルギー体(気場)が汚れているということはなかなか自覚できることではないかもしれません。
私の場合はだいたい把握していますが、瞑想をすると顕著に分かります。
余り汚れていないと自覚している場合でも、瞑想をすると邪気がたくさん感じられることも珍しくありません。

私は今でこそ邪気を認識する感覚がありますが、生まれつきその感覚が備わっていた訳ではありません。
日々の気功治療と修行の成果で感覚を伸ばしてきたのです。


かつて私の感覚が大分鈍かった時、その当時教わっていた先生に、

「人のエネルギー体は思う以上に汚れているものです。」

と言われました。
私はそれが感覚としてわからなかったので、「そんなもんなのかな」と当時思った記憶があります。
今では、それが体感としてよくわかりますので、先生がおっしゃっていたことが間違っていなかったと認識しているのです。


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「あ~あ (*゚Q゚*)」

人が人生において引き寄せるものは、自分自身の気(エネルギー)と共鳴・同調することによって同質の現象が起こるのです。
邪気で汚れきっているエネルギー体(気場)ではどのようなことになるのかご存知でしょうか?
それは、

① 災難やトラブルが多発する
② 何かと物事の足を引っ張られている様に感じられる。
③ 病気になる、不快な症状に悩まされる
④ 感情がネガティブになることが多くなる。


ざっと、挙げてみても面倒なことばかりです。
ですので、自己啓発本を読んだり風水を実践したりするのも良いですが、自分自身のエネルギー体(気場)が汚れていては思う程効果が出るものではありません。


邪気を祓うのに一番良いのはきちんと気(エネルギー)が分かる気功治療家やスピリチュアル・ヒーラーにやってもらうことです。
そうすれば不要な身体の邪気は取り祓われて心身ともに非常にスッキリした気分で新年を迎えることができるはずです。

また、身近に気功治療家やスピリチュアル・ヒーラーがいないという人のために、自分自身で邪気を浄化する方法の特集を「外気功療法さいたま院」のサイトで組んでいますのでそちらも参照頂ければお役に立つと思います。


「病気から快復するために自分でできる事~どのように自己浄化をしていくか~」


今年の残り少ない日を大切に使って、今年の汚れを取っていきましょう。
「今年の汚れ、今年の内に」です。
ちなみに「外気功療法さいたま院」では年末まだ若干数空きがございますので、ご活用頂ければ幸いです。



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2015_12_11


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撮影 水野博友 2015年9月9日




9月初旬というのに、梅雨の様にずっと雨が続いています。
台風が接近していてここ浦和でも今日は大雨だったのですが、その一瞬の間隙に綺麗な虹が出ていました。
折しもお客様がちょうど帰った時で、虹と遭遇できたのは幸運でした。

今回の虹は私がこれまでに見た虹で一番綺麗なものでした。
前回虹を見たのは2011年4月24日のことです。
その頃はまだ店舗が北浦和にありました。
なぜ日にちまではっきり覚えているかというとその日はサティア・サイババが他界した日と同じだったからです。


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サティア・サイババ


サティア・サイババ(1926年~2011年)は有名なインドの聖者で日本でも信仰している人はたくさんいます。
サティア・サイババはご自身を神の化身(アヴァター)であると言っています。
ここでいう神とは、シヴァ神とパールヴァティ女神であり、姿形は人間ですが中身は人間ではなく神ということです。

インドでは姿形のない神が人間の肉体をまとって降臨することが度々あり、サティア・サイババもその一人です。
人間の形をしていても中身は神ですから、過去・現在・未来まですべてお見通しであり、また数々の物質化現象を起こしたことでも話題となりました。

サティア・サイババは95才まで生きると宣言していましたが、実際は84才で他界しました。
心無い人々は、それ見たことか!神が自分自身の死ぬ時を当てられないとはインチキ聖者の証拠だと言いふらしました。

皆覚えているでしょうが、2011年3月11日は東日本大震災が起こり、津波と原発事故で放射能汚染が広がった日です。
奇しくも3月下旬にサティア・サイババは呼吸器の不調で入院し、翌月の24日に亡くなっています。

私が前に虹を見たのがちょうどその日で、空にかかった綺麗な虹を見て、私はサティア・サイババが汚染の毒を引き受けて持って行ってくれたのではないかと直観しました。

東日本大震災が起こり、その後も小規模な余震が続く中、師匠と私、そして霊性修行をしている仲間たちはそれが鎮まる様毎日祈りを捧げていました。
私たちのみならず、ヒーラーや宗教関係者など日本人の多くが祈っていたはずです。

師の場合は、地震を収める地のマントラを夜を徹して唱えていらっしゃいました。
私は毎日シヴァに祈っていました。


シヴァ
シヴァ神

シヴァ神には千の別名があり、その中にニーラカンタ(青黒い首を持つ者)という名があります。
シヴァ神はイラストでは青い身体で描かれます。
その理由は、悪魔がこの世を滅ぼそうとまき散らした毒をシヴァ神が飲み込んで被害を収束したという神話があり、その毒でシヴァ神の身体は青い色になってしまったということなのです。

2011年3月には放射能汚染の被害状況が一向に伝わって来ず、私はここさいたまに住み続けていくことができるのだろうかと不安になりながらネットで情報を探っていたことを思い出します。
その頃、私はシヴァ(ニーラカンタ)に毒(放射能)が拡散しない様助けてくださいと祈っていました。

福島では一部の方々が移住を余儀なくされましたが、関東ではそこまでの被害にはなりませんでした。
ところがちょうどその頃インドではシヴァ神の化身サティア・サイババが呼吸器を壊し入院することになっていました。
普通の人から見たら只の偶然と考えるに違いありません。
サティア・サイババはそのまま回復することなく、翌月24日に他界してしまいました。
本当は95才まで生きられる予定だったのを、日本の毒を引き受けて逝ってしまわれたのではないだろうか・・・私はその様に考えています。


私は特別サティア・サイババを信仰していた訳ではありませんが、サティア・サイババが他界した報道を聞いて只何となく寂しい思いがしました。

その日外を見ると空に虹がかかっていました。
その虹を見て私は、「もう大丈夫だ」と言われている気がしました。
それで私は前に虹を見た日を正確に覚えていたのです。

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撮影 水野博友 2015年9月9日

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撮影 水野博友 2015年9月9日

今回虹を見て、「虹って龍なんだ」と初めてわかりました。
本当かどうか調べてみると、やはりその様な考え方があるということでした。
虹は龍神の表れであり、また神との契約という意味もある様です。
今回の虹の出現にどのような意味があるのかは私自身はっきりしません。

しかし、今日は朝から何か素晴らしいことが起こるのではないかとワクワクしていて、何だろう何だろうと思っていました。
こういうことは私には珍しいことなのです。
それが虹の出現でした。
虹の出現は何かの吉祥と思います。

ちなみに、シヴァ神のシヴァとは吉祥という意味です。





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2015_09_10


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前回では、私のバリ島での荒行体験やヒーリングスティック療法を例に挙げて、良くない物を出すことではじめて良い物が入ってくることをお話しました。

 出せば入るという法則~身体と気(エネルギー)の話~


今回は身体のこととは別のことでお話しましょう。

私は師匠と共にインド・ヒマラヤやインドネシアで修行をしてきました。
また、師匠の国内の寺院で毎月修行を行い、密教を学んでいます。
密教と言うのは文字通り「秘密の教え」であり、それは公開せずに内々に伝えていくだけの理由と価値があります。
漫画「北斗の拳」で必殺の拳法「北斗神拳」が一子相伝という話でしたが、それと似たようなものです。

私はスピリチュアル・ヒーラー養成塾の講座でその一部をお伝えしています。

 スピリチュアル・ヒーラー養成塾「メディテーション&ヒーリング講座」


時には、自分が苦労して得た貴重な智識・教えを人に伝えるのは何かもったいないなと思う時もあります。
霊性修行をしている人は自分自身が得た経験や智識をとかく秘密にして他人に教えたがりません。

私もその気持ちはわからないでもないのですが、この教えという分野でも出せば入るという法則が当てはまるのです。

この貴重な教えは伝えたくないなとか、または貴重な法具を人に譲りたくないなと思ってもそれを敢えてすることで、私にはより貴重な教えや法具が入る様になるのです。
これはこれまで私が何度も経験してきていることなので間違いはありません。

私は密教的な智識や法具について例を挙げましたが、その様なものでなくても、例えば自分がひらめいたとっておきのアイデアなど人に話すとパクられるのではないかと危惧するかもしれません。
近年は著作権や商標権など権利関係が厳密になってきている様に思います。

私はさほど大したことは書いていないと思っているものの、自分が外気功療法さいたま院のサイトで書いてある文章が他のサイトにほとんどそのまま転載されていたり(リンクもない状態)すると、一瞬「ひどいことするな」と思ってしまいます。
しかし、すぐに「まぁ、いいか」と思い直し、また自分には別のアイデアや知識が入って来ることだろうと開き直ってしまいます
所詮二番煎じは二番煎じでしかありません。
同じことを書いていても、私が書いている文章と、他人が転載した文章では読み手への伝わり方は違うものです。



発明家で工学博士の故・政木和三さんは神人の様な方と私は思っていますが、政木和三さんの凄いところは生涯で4000件以上の発明をされたのですが、その内3000件近くは特許申請をせずそれを放棄したところにあります。

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参考 : 政木ワールドへようこそ


その訳は、何でもインスピレーションを得て1~2秒の超短時間で発明したものだからというのです。
皆が知っている発明品では、うそ発見器 エレキギター 自動ドア 電波測定用オシログラフ 自動炊飯器 格安テレビの考案・試作 熱線風速計 水深計測器 魚群探知機 超音波コンクリート測定器  低周波美顔器 瞬間湯沸かし器 などがあります。
特に自動炊飯器の特許料は4~5千億円になると推定され、それがなかったためにメーカーの販売価格が安くなり普及が早くなったそうです。
世のため人のためになるという利他の精神が利己の精神よりずっと優っていたためその様にされたのだと思いますが、その結果多くの人がその恩恵を受けられることになったのです。

政木和三さんがインスピレーションを得たというのは言い方を変えれば、神様からアイデアをダウンロードしたとも言えます。
もし、政木和三さんがそれを自分のものだと固執し特許権にうるさかったとしたら、この様に次々とアイデアが湧き出てくることが果たしてあったのでしょうか?

この様な例から分かるように大事なアイデアも人に伝えてどんどん使って貰うことで、自分にはまた別のもっとすごいアイデアが湧いて出てくるのです。




お金もそうです。
お金持ちではない私が言っても余り説得力はないかもしれませんが、貯金残高が増えるのを楽しみにするより、お金は有効に使えばまた必要な分のお金が入ってくるものです。

ここでいう有効にお金を使うというのは、自分自身のエゴを満たすための消費ではなく、自分自身を人や社会に役に立てる様にする自己投資であったり、または神事に使うお金で、いわば他人や神のために使う生きたお金のことです。

私は余り物欲がないのですが、神事や自分自身の修行には惜しみなくお金をかける習慣があります。
修行や法具は私にとってとてもお金がかかると感じるものです。
例えば法具一つ例にとってもみても、私が気功の施術や瞑想の時に使っている法具は結構な値段がするものです。
店の神棚に置かせて頂いている数々のご神像も非常に高価です。
いつもこんなに使って大丈夫かと思わない時もないではありませんが、不思議と使った分以上のお金がすぐに入ってきます。
それはホントに不思議と思います。

私の修行仲間も「神事(かみごと)に使ったお金はもっと増えて返ってくる」といつも言っている人がいます。(その人は本当にお金持ちです。)
それは私もまったく同感です。
インドの大聖者シルディ・サイババ(~1918年)は、神事に使ったお金は7倍にして返すと言っています。

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シルディ・サイババ

神事(かみごと)というのは、神社・寺院への喜捨(きしゃ)・浄財・お布施もそうですし、また神と繋がるための修行・学びに使うお金もそうです。
後者のことで言えば、例えば私が主宰しているスピリチュアル・ヒーラー養成塾の講座を受講することや法具を買い求めることもそれに該当します。

神事に使うお金も生きたお金の使い方でありますが、同様に素晴らしいのが陰徳を積む行為です。
陰徳とは、人知れず人のためになる慈善をすることであり、お金のことで言えばどこかの慈善団体に人知れず寄付をしたりすることです。
人のために役立つお金の使い方でも、人知れず行うというのが陰徳を積む上で大事なことなのです。
ちょっと前に、タイガーマスクに扮した正体不明の男が孤児院などにランドセルをプレゼントしたというニュースがありましたが、タイガーマスクはそれによって感謝されることがあっても売名行為ではないためそれは陰徳を積むことになるのです。

例えば私が『孤児院の子にランドセルをプレゼントしました!』とブログに書いたとすると、後から「いや~水野さんは立派だねぇ」とか「水野さんは素晴らしい!」とか言われる可能性があります。
ランドセルをプレゼントする行為はしないよりは余程立派であり、生きたお金の使い方ではありますが、後から人に賞賛されることを期待する下心があれば陰徳を積むことにはなりません。

要は行為には動機が大事であって、お金が7倍になって帰ってくるなら定期預金より利率がいいから喜捨・浄財をしようとか、○○をしたら人から褒められて尊敬されるだろうという動機が第一に来ているようではダメなのです。
あくまでも人を助けたい・人のためになりたいという思いが第一に来るのでなければなりません。



出せば入って来る法則・・・このことは「日月神示」にも書かれています。





自分が生んだもの、自分から湧き出るものは、いくら他に与えてもなくならんぞ。与えよ、与えよ、与えてなくなるものは自分のものではないと申してあろう。無くなると思うのは形のみ見ているからぢゃ。カラのみ見るからぢゃぞ。本質は無限に拡がるぞ。与えるほどよりよく、神から与えられるぞ。井戸の水のようなもんぢゃ。汲めば汲むほどよくなる仕組。(秋の巻 第十五帖)

捧げるもの、与えるものは、いくらでも無限にあるではないか、捧げよ捧げよ、与えよ与えよ、言(ことば)こそは誰もが持てる其(そ)の捧げものであるぞ、与えても与えても無くならんマコトの宝であるぞ
(碧玉の巻 第十二帖)

利子は後からでよいと申すが、先に払うこともあるぞ(五葉之巻 第四帖)

もの与えることなかなかぢゃ、心してよきに与えねばならんぞ。与えることは頂くことと知らしてあろうが、与えさせて頂く感謝の心がなくてはならん、強く押すと強く、弱く押すと弱くはね返ってくるぞ。自分のものというもの何一つもないぞ、このことわかれば新しき一つの道がわかるぞ(五葉之巻 第五帖)

 日本における聖書は「日月神示」







多くの人はその様なことを知りませんが、おばあちゃんの世代にはそれを知っている人はたくさんいるものと思います。
核家族化が進み、我よし(自己中心的)な人が増えて、様々な大事な教えが子や孫の世代に伝わらなくなってしまったのでしょう。



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2015_09_03


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妙法ヶ岳山頂に近いところに立つ奥の宮の鳥居


前の記事では三峯神社の拝殿にご参拝したところまで書きました。

 三峯神社 参拝記

拝殿のご参拝を終えて奥の宮に向かいました。
三峯神社の奥の宮は近くではなく、妙法ヶ岳山頂にあります。
神社からは徒歩1時間半程かかると書かれていました。。

奥の宮へ山道の入口は小雨という天候もあって、霧が出ている上に薄暗い感じでした。
しばらく進むと行くことを決心したのを後悔させる位の怖い雰囲気があります。

入口には熊出没注意の看板があり、また入山の届けが必要であると書かれていました。

・非常用の水・食料を持つこと
・一人での入山は危険である
・携帯は通じないところもある

と、表示がありました。
私は単独行でしたが、軽い気持ちで行かない方が良いということでしょう。

しばらく登っていくと結構急勾配で疲れを感じ始めました。
地面は雨でぬかるんでいて、すべりやすく、ズボンはあっという間に膝から下が泥だらけになってしまいました。
道中は、結構足場が悪く、危険な道もありました。
細い道で両サイドは急な崖になっているところもあり、気を許せません。
手を使わないで綺麗に登れるという感じではなく、手も使って登るような急勾配もあります。


霧深く薄暗い山中で見渡す限り自分ひとりしかいません。
ここには、オオカミがまだ生きているという説もあります。

スピリチュアル・ヒーラー養成塾のコラム
 秩父山中にニホンオオカミはいる!?


オオカミはともかく熊と出会ったら嫌だなぁと思いながら足を速めていました。

時々、大きなブフゥ~という様な獣の鼻息が聞こえ、「熊が出たか!」と振り返ると何もいなかった時がありました。
また、人の咳が聞こえ、誰か来たのかと思ったら誰もいなかったことがありました。

昼間だというのにとにかく薄暗い

「三峰神社はあんなに人がいたのにここはどこにも人がいないものだなぁ・・・それも当然か。」

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往路では合計3名の方と行き違いになっただけで、人知れぬ聖地に入っている感がありました。
その内の一人はお婆さんで、最初見たときは幽霊かと思いました。(笑)

しかし、そのお婆さんをしてこの様な山深いところに独り駆り立てた理由とは何だったのでしょうか?
きっとそれだけの壮絶なご経験をされているのかもしれません。


登っても登っても一向にゴールが見えてこないので、「なかなか着かん!」とぼやき始めた頃のことです。
山道から少し離れたところに大きな磐座(いわくら)を発見しました。
磐座と言っても見た目はただの大きな岩です。
それを見た時にこの岩には神が鎮まっていると感じました。
磐座とは神が降りている岩のことで、太古の人々がその岩に神を降ろし祭祀をしていたものです。
長い年月が過ぎ、その多くは人々の記憶から忘れ去られました。
時間がないので、簡単にご挨拶をしてその場を去りましたが、人に気付かれたのは久しぶりだったのかもしれません。
誰もいない山中の草を分け入った斜面で、男が一人大岩を撫でたりしているのですから、傍から見たら相当変な人に見えたことでしょう。
その時はわかりませんでしたが、スマホで撮った写真を後から見ると、それは見事な神の顔が岩に浮かび上がっていました。



妙法ヶ岳山頂に近いところに立つ鳥居(一番上の画像)から奥の宮までは600メートルと表示がありました、ゴールもあと少しです。
奥の宮に近づくと最後の難所があります。
そこはかなり急勾配の階段とその上に鎖場があります。
アスレチックみたいに鎖に掴まって登っていくのです。

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それを登り切るとようやくゴール、そこには奥の宮がひっそりと鎮座していました。
その祭神はオオヤマツミノ大神です。
オオヤマツミノ大神はイザナギ、イザナミの神の子で、山の神や武神とされている神様です。


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山頂からの景色、晴れの日はきっと綺麗なのでしょう


奥の宮に参拝して誰もいないその場でしばらくそこで休憩をしていました。
とても狭い場所に祠が建っているだけでしたが、下界の喧騒とはかけ離れた場所に辿り着いた満足感がありました。


下り道は登りと違って身体が楽で飛び跳ねる様にして駆け下りていきました。
小雨なので危ないところですが、気分が良くなって天狗になったつもりで走っていました。
片道1時間半かかると書かれていましたが、私の場合は下りが早かったので往復で1時間半の道中でした。

入口が見えた時、熊が最後まで出なかったので一安心したものです。
また怪我もなく無事に行って来られたことに感謝した次第です。
入口に近くなると急に雨が強くなって傘なしでは歩いていけなくなりました。
ちょっとの間だけ小雨にしてもらっていたのかもしれません。
往路は邪気でまだ重かった身体も浄化されたのか、それが余り感じられなくなっていました。

帰宅後、床についた時には身体に気(エネルギー)がみなぎって眠れなくなる位で、たくさんエネルギーを頂いていたことがわかり本懐を遂げた感がありました。



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2015_09_01


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三峯神社 入口の三ツ鳥居


8月はとかく邪気の強いお客様が続き疲労気味になっていました。
中には強烈なブラックなエネルギーを持っている人もいて、気功の施術中以外の時もダメージを感じていることが多くなる位でした。

そして、最近ある巫女さんからメールが来たのですが、彼女は私の状況がわかっていた様で、それには「三峯神社に行って守ってもらいなさい」というアドバイスが書いてありました。
私は霊地で自分自身のことを祈ることはありませんので、その様なことで行って良いのだろうかとしばらく迷いましたが、状況がそうも言っていられなくなり平日にお客様を入れない日を設け、早朝から埼玉県の秩父山中にある三峯神社に向かいました。


三峯神社は以前も別の巫女さんからなぜかパンフレットを貰ったり、最近も周りの人からその話題を振られることが多かったり、自分自身のブログでも書いたりしていましたので、ご縁もあったのかもしれません。

そこに行くには秩父鉄道の三峰口駅から急行バスで50分かかります。
バスは空いているかなと思っていましたが、意外にも若い女性が多くバスは混在していました。

私は晴れ男で旅行でも行った先で雨に降られることはまずないのですが、この日は小雨でかろうじて傘をささずに済む位の悪天候でした。


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随身門 神社でない様な色使いです
明治時代に神仏分離があるまでは寺もあったからなのでしょう。



三峯神社のホームページには次のような由緒が書かれています。




当社の由緒は古く、景行天皇が、国を平和になさろうと、皇子日本武尊を東国に遣わされた折、尊は甲斐国(山梨)から上野国(群馬)を経て、碓氷峠に向われる途中当山に登られました。
尊は当地の山川が清く美しい様子をご覧になり、その昔伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)が我が国をお生みになられたことをおしのびになって、当山にお宮を造営し二神をお祀りになり、この国が永遠に平和であることを祈られました。これが当社の創まりであります。

 
その後、天皇は日本武尊が巡ぐられた東国を巡幸された時、上総国(千葉)で、当山が三山高く美しく連らなることをお聴き遊ばされて「三峯山」と名付けられ、お社には「三峯宮」の称号をたまわりました。
降って聖武天皇の時、国中に悪病が流行しました。天皇は諸国の神社に病気の平癒を祈られ、三峯宮には勅使として葛城連好久公が遺わされ「大明神」の神号を奉られました。

又、文武天皇の時、修験の祖役の小角(おづぬ)が伊豆から三峯山に往来して修行したと伝えられています。この頃から当山に修験道が始まったものと思われます。

天平17年(745)には、国司の奏上により月桂僧都が山主に任じらました。更に淳和天皇の時には、勅命により弘法大師が十一面観音の像を刻み、三峯宮の脇に本堂を建て、天下泰平・国家安穏を祈ってお宮の本地堂としました。
こうして徐々に佛教色を増し、神佛習合のお社となり、神前奉仕も僧侶によることが明治維新まで続きました。








ご祭神は日本の国土をお造りになった伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)です。
そして、なんと伊豆に島流しになっていた修験道の祖である役小角(えんのおづぬ)が三峯山に往来して修行をしたと書いてあります。
往来と行ってもこれ、徒歩や馬ではありません、飛来して来たという伝説が残っているのです。

そして、この伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)のご眷属がオオカミなのです。
続いてホームページにこう書かれています。





三峯神社は、日本武尊がこの国の平和と人々の幸せを祈り、国生みの神、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)をお祀りしたのが始まりです。お使い(神様の霊力を受け、神様と同じ働きをするとして仰がれる動物)はオオカミです。日本武尊の道案内をされ、その勇猛、忠実さから、当社の使い神に定められたと伝えます。
またオオカミとは、三峯山の不思議な霊気を言うと古書にも見え、大口真神(親しみを込めてお犬様、ご神犬、御眷属様とも呼ばれる)は、あらゆるものを祓い清め、さまざまな災いを除くと言われます。
古くからこの御眷属様を御神札として一年間拝借し、地域の、或いは一家のご守護を祈る事が行われています。これを御眷属拝借と呼び、火盗除、病気除、諸難除の霊験あらたかです。






最近のブログの記事で「神獣の力によって除霊する、身を守る」と書きました。

 神獣の力によって除霊する、身を守る

けれど、このオオカミも神獣=お使い(神様の霊力を受け、神様と同じ働きをするとして仰がれる動物)で、「火盗除、病気除、諸難除の霊験あらたか」であるということです。
そのため、三峯神社の至るところにオオカミの像が立っています。

こんなのを見つけました。

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オオカミTシャツです。
着れば災厄から守られるかもしれません。
売店のおばちゃんは「今年の夏はこれがたくさん出て売り切れちゃったよ・・・」とぼやいていました。
Tシャツ以外にもオオカミグッズがたくさん売っていました。


拝殿でオオカミ神の大口真神(御眷属様とも呼ばれる)のお守りが売っていました。
お犬守と書いてありますが、これはオオカミです。

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「お犬様のお札一疋(いっぴき)で50軒をお守りする力があります。」とあります。
身上安全、諸難除に良いと書いてあります。
これは700円で販売されていました。
ほしい方もいるかもしれないと思って若干数を買ってきてあります。
大口真神のご加護を頂きたい方には弊店にて700円でお譲りします。
お希望の方はどうぞお申し出ください。
(行ける人は本当は参拝した方が良いです。)


IMG_0867.jpg

こちらが拝殿です。
ご祈祷をしてもらえます。
ここで結婚式もしてもらえるとのことです。
でも、別れたら後が怖そうです(笑)。

また三峯神社の最もお勧めは隣接した宿泊施設にある立ち寄り湯を利用できるというところです。
温泉大好きな私としては是非行きたかったのですが、帰りのバスの都合で行けませんでした。
写真から伝わってくるエネルギーだけで一級品の温泉とわかります。


IMG_0868.jpg


拝殿横のご神木です。
皆に抱きつかれていて大変そうだなぁと眺めていました。
でも、ご神木は疲れないので凄いものだと思います。
ご神木に抱きつく人はちゃんと感謝しないとダメです。

今日の記事はここまでにします。
これから奥の宮に向かいますがそれは次回の記事で。
本番はこれからというところです。



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2015_08_30


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巨大隕石の落下を目撃した夜のこと


昨夜の帰途、透き通った満天の星空に大きな流れ星が一筋に天を割く様に流れて行ったのを目にしました。
都会の夜空であのような大きな流れ星は珍しいと思います。

ヒマラヤで修行をしていた時はそれこそ空は満天の星空、空全体が星に埋め尽くされており隙間が無い位で、それは綺麗な星空でした。
流れ星もあっちでシュー、こっちでシューという感じでひっきりなしに見えました。
また見る機会があるといいのですが。



さて、6・7年前の話になります。
仕事帰りに自転車に乗り、ある所で信号待ちをした時のことです。
突然、自分の頭上を巨大な隕石が一筋に墜落してアッと言う間に過ぎ去って行ったのを見たのでした。
それは見たこともない大きさで、映画「ディープ・インパクト」に出てくる隕石の様でした。

 「Deep Impact
ちょうど、2分22秒過ぎのシーンの様な感じで、大迫力でした。



「あ!!何なんだ!!やばい!!!」

と、その時は思いましたが、余りのショックで何もできず固まっていたに過ぎませんでした。
隕石の迫力はとんでもなかったのですが、なぜか音が全くしていませんでした。

そして、それが大地に激突して爆発の衝撃がこちらに来るのを待ち構えていました。
恐怖はありませんでしたが、その短い一瞬の時間に「終わったな・・・」ということを考えていました。

しかし、しばらく経っても何も起こらず、私は「一体あれは何だったのだろう???」と不思議でなりませんでした。
今に至ってもその答えは出ていません。

私が見た物は想像の産物だったのでしょうか?

現に私が今こうして生きているわけですから想像の産物だった、その時の私がちょっと血迷っていたと考えるのが一番腑に落ちます。

しかし、私に言わせるとそれはまさしく現実そのもののリアル感がありました。
(不思議なことに音はありませんでしたが)

もし、現実だったとしたら・・・
非常に低空の隕石だったのであの距離では地球から逸れて助かったということは考えられません。
大地に激突して何事もなかったのもありえないと思います。
では、一体何がその時起こっていたのでしょうか?



これは仮説ですが、私はその時並行宇宙で起こっていた衝撃的出来事を一瞬体験していたのではないかと考えています。

つまり、この世(物質界・地上世界)は無限にある世界の内の一つに過ぎないのであって、意識がそこにチャンネルがあっているためこの世での体験をしています
並行宇宙・並行世界は一説には3000もあると言われています。
そのためでしょうか、「日月神示」や「大本神諭」では度々「三千世界」という表現が出てきます。

実際にはこの世とは違う世界が無限にあり、そこでは別の「私」が生(?)を経験しています。
それぞれの「私」が生きている世界は異なり、人生の展開もそれから学ぶ経験も様々なのかもしれません。

この世では気功治療家として人生を歩んでいますが、サラリーマンの「私」もいるでしょうし、大学受験の浪人生としての「私」もいると思います。
私は稀にですが未だに自分が浪人をしている夢を見ます。
その時の感覚として浪人生の「私」の人生があり、その夢を見ている時だけ私の意識がその「私」に入る様な感覚があります。

その夢だけではなく、私は非常にリアルな夢を度々見ており、夢から醒めた時の実感は別の世界を経験してきたなという感覚そのものです。


あの隕石が落ちた時、別の一つの地球が壊滅していたのでしょうか?



祈りの力で天災を防ぐ


私が目撃した隕石は非常に巨大な隕石だったのですが、地球には頻繁に大なり小なりの隕石が近づいて来ている様です。
それらが地球に衝突することなく、無事で過ごせているのは聖者達の祈りの力によるものと聞いたことがあります。


ギリシャの近くに住んでいたある聖者は、その体験談で隕石の接近とその危険性を感じ、脱魂(身体から魂だけが抜けること)して宇宙空間の隕石に向かったと述懐していました。
すると、そこには世界から集まった7~8人の能力者が集まっており、共同して隕石のコースを変えたのだそうです。
私はその様なことはできませんが、その様な世界も荒唐無稽とは言えないと思います。


実際に、人の祈りの力で自然災害を変えるというのは普通にありえることと私は考えています。
それは、例えば火山噴火・地震・台風などの自然災害です。
私自身も時々祈りに行きますし、祈りのパワーを自覚している意識の高い方々は普段からその様に過ごしていると思います。

鹿児島の最福寺の池口恵観師は真言密教の傳燈大阿闍梨ですが、柴灯護摩で桜島の噴火を鎮めたと師の著書に書いてありました。

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柴灯護摩(四天王寺) 

祈りの力というものはその様に強く、効力があるものであり、私が日々実践している遠隔気功というものも祈りの力の発現であるのです。

祈りの力の違いはあるにせよ、人が持つ祈りの力を自覚し、それを現実世界を良くするために使っていくと良いでしょう。



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2015_07_14


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私は先日「同じお客様が集まる不思議」という記事を書きました。
そこでは、説明がつかない理由で特定の傾向を持つお客様が集中するということがあると述べました。

 「同じお客様が集まる不思議

それからしばらくすると、同じ様な体験を持つ人が何人か私の周りにもいることが分かりました。

その内の一人、接骨院を営むMさんはなぜか立正佼成会(宗教団体)のお客様がたくさん集まると言っていました。
私のお客様を見れば立正佼成会の方は珍しいでしょう。
Mさんご自身は立正佼成会の信者ではないのですが、これもまた不思議な話です。



もう一人は、今日ご来院になったYさん(女性)で、Yさんは不動産業の社長です。
このYさんの店でもこれと同じ現象が起きているそうです。

不思議なのは、Yさんは不動産業を営んでいるのにも関わらず、病気のお客様や何か大きな問題を持ったお客様がなぜか集まってくるとのこと。
まるでお客様が行く店を間違えているかの様ですが、それはそれでYさんしかお助けできないことがあって集まってきているのでしょう。
実際にYさんは不動産の営業と直接関係がないことでも自分ができることで困っているお客様を助けてあげているそうです。

私は神様とのご縁が深い人・ご加護が厚い人は気(エネルギー)を見ればわかりますが、Yさんの背後にも見えない力が働いているのをその時感じました。




さて、そのYさんとの会話の中で次の様な話がありました。

「先生、(パワーストーンブレスレットを指して)この様な物って、突然神様が隠してしまってしばらくしてとんでもないところから出てくることってありますよね。」

(ムムッ!さすがはYさん、よく知っているなと思いつつ)
「そうそう、その様なことって時々ありますよ。」

とお返事したのです。




今週来たお客様(Tさん・男性)もこの様に話していました。
Tさんは弊店で以前ご購入頂いたパワーストーンブレスレットが無くなってしまって、もう1つ購入したいとご来院の前に電話をしてきていました。

しかし、Tさん弊店に到着するやいなや、

「いや~、ブレスレット、出てきたんです。散々あちこち探しまわって、もう出てこないやと諦めてたところ、カバンの上に置いてあったのです。でも僕はそのカバンの中を探したんですよ!!ありえないでしょ!!」

と、ブレスレットが出て来て嬉しい思いもあるのでしょうが、怪訝そうな表情で語っていました。

これは、私は神様の神隠しと思っています。




私には次の様な経験があります。

それは私が首から下げているジャパマーラの件です。

mantra.jpg
ジャパマーラ

このジャパマーラの紐が突然、切れてしまってジャパマーラの玉がバラバラに飛び散ってしまったことがありました。
ジャパマーラの玉は108個あるのですが、それがどうしても2つ見つかりません。
私のジャパマーラは古くから由緒があるもので、代用が効くものではありません。

いくら探しても見当たらず、泣く泣くこのジャパマーラを譲って頂いた師に相談して、師がパワーを入れた玉を2つ補充して頂きました。

それから約半年後、いつもジャパマーラを入れている袋の中に2つの玉があるのにふと気付きました。


「えっ!!!! マジか!?」

と、正直ビックリしました。

なぜなら、私はいつもジャパマーラをその袋にしまっていて、袋の中にはジャパマーラ以外何もないのをいつも確認していたのですから。
まるで神はサンタクロースさながらに物質を現出させるものです。



私は無くしたはずの玉が戻ってきてくれたので、嬉しかったのですがそれがどこからどのようにして出てきたのかは未だにわかりません。
ひょっとすると、この様な現象は玉がネガティブなエネルギーを吸い取ったために神が神界に持って行って浄化をしているのかもしれません。
それで、浄化が終わるといつの間にか戻ってきているのでは・・・と思っています。


また、このジャパマーラやパワーストーンブレスレットは、身に危険が迫っている時などは身代わりになって玉が割れたり(水晶の場合)、紐が切れたりします。
これはジャパマーラやパワーストーンブレスレットがそれを身に着けている人を守ってくれたために起こった現象と思います。


この様なパワーアイテムを持っている人全員に同様の現象が起こるとは言いきれませんが、神気を封入し神とエネルギー的につながっているものはこの様に不思議なことが起こることもあります。





もう一つ。

6月上旬、私は師のテンプル(修行道場)でファイヤープージャ(護摩行)をしていました。
これは炉に火を焚いてその火に供物(花や木、米など)を捧げるものです。
この火には神が宿っており、神に供物を捧げると願いを神界に届けてくれるのです。

12・9月ヒマラヤ・プージャ_convert_20150617013532
ファイヤープージャ

私がプージャをしようと容器に手を入れると何やら別の物が混入しているのに気付きました。
見ると、供物の中になぜかシルバーの指輪が入っていました。
その指輪には仏陀が描かれていました。

師に「ここになぜか指輪が入っていましたよ。」と言うと、「あんたはラッキーやな。」と喜んでくれました。

その指輪は大分以前に師のまた師匠(インドの聖者)が空中から物質化して取り出した物であるそうです。
師のまた師匠(インドの聖者)はそれが得意で度々その様な奇跡的な現象を起こしていました。

私の師以外にも信者はいましたので、他の信者は物質化して出てきたものが欲しくて仕方ないのです。
それで「私に下さい!!」っていう感じで殺到していたみたいです。
私の師は無欲な性格でその様な輪の中には入っていなかったため、そのインドの聖者はそれで私の師を随分気に入って、師に幾つかその様な物質化した物をあげたのだそうです。

それが巡り巡ってどうした訳か私のところに回ってきて、指にはめると不思議とサイズがピッタリでした。
しかも、その指輪に彫られている仏陀の絵柄の中心には仏陀の御魂が入魂されているのがわかりました。


「この指輪は私の所に来ることになっていたのかも・・・」



と、ふと思ったりもしました。

しばらくは、私はこの仏陀からのギフトである指輪を大事にしようと思います。
そして、いつか自分よりも必要とするであろう人に巡り合ったらその人に譲ろうと思います。



パワーアイテムに興味がある方は・・・
 「気功治療家が勧める本物パワーアイテム


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2015_06_17


埼玉県の浦和駅から徒歩10分程のところに調神社(つきじんじゃ)があります。
調神社は別名「つきのみや」とも呼ばれ、地元の方が多く訪れています。

この神社は私の店からも近いため度々訪れて参拝します。
しかし、いつも何だかよくわからないという気持ちになるのがこの神社です。

まず「調」と書いて「つき」と呼びます。
このような呼び方をまずしないでしょう、私は他に知りません。

また「つき」というところから月待信仰と結び付き、そこかしこに兎がいます。
写真の様に狛犬ならぬ狛兎が入口に構えています。
狛兎というのは実に珍しい。
狛犬は通常片方が口を開けて、もう片方が口を閉じています。
それには理由があるのですが、この狛兎は両方とも口が閉じています。

調神社


また同じく写真をご覧いただくとお分かりの様に、この神社には鳥居がありません。
その理由として、古の時代この神社への貢物を納める倉を作り、その運搬・搬入に際し鳥居が邪魔になるために作らなかったとの言い伝えが由緒書にあります。

調神社由緒


調とは租庸調の調で貢物という意味です。

う~ん?
何かこれもしっくりこないですね。
そんな鳥居が邪魔になる程のたくさんの貢物が運ばれたのでしょうか?
まぁ、本当にその様なことがあったのかもしれませんが、それをしなくなって後に鳥居を作っても良いところをあえて作っていないのには裏の意味がある様に思えてなりません。

調神社といいますが、何か本当は「月神社」であるところを伏せているのではないかと推理していますが、はっきり理由が分からずそれで釈然としない訳です。

祭神は天照大御神 (あまてらすおおみかみ)、豊宇気姫命 (とようけびめのみこと)、素盞嗚尊 (すさのおのみこと)の3柱です。

大衆向けにはつき神社だからここでお参りをするとつきが得られると幸運の神社として一部に知られています。
地元浦和レッズもここで御祈願をしています。
それで浦和レッズは強いのでしょうかね。

月は普段私たちが目にしていて道端の石ころの様にあることが当たり前になってしまっていますが、実は謎が多くとても不思議な天体なのです。
月の謎というのは本当に深く、またタブーの様になっています。
今回はそこまで書きません。

ロマンが好きな私は何かこの神社にも深い奥義の様な伝承があるのではと訪れる度に想像しているのです。

2015_02_21


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プロフィール

水野博友

Author:水野博友
気功家・ヒーラー・瞑想家
気功で人の病気や苦しみを癒すヒーラー

愛知県出身、早稲田大学商学部卒。
埼玉県さいたま市浦和区で気功治療院「外気功療法さいたま院」を開業、肉体の病~精神の病まで日夜 気功の施術を行っている。遠隔気功の実績も豊富。
満月時は日本の山に籠り密教修行を行う、また2011年より定期的にインド・ヒマラヤ、インドネシアに渡り様々な聖者の指導を受けて霊性修行に励んでいる。

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