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皆さん、こんにちは。

私が主宰している「スピリチュアル・ヒーラー養成塾」では、毎月1回「サットサンガ」という合同瞑想と説法を行っています。
「サットサンガ」とは「真理の集い」という意味で、インドや西洋でも聖者など霊性の教師の下に弟子や信者が集い、霊性を高めるための研鑽をしています。

1月の「サットサンガ」は16日(土)19時から行いました。
説法のテーマは「霊性修行とは何か?人はなぜ生まれどこに向かうのか」についてお話ししました。
学校教育やマスコミなどでは伝えられないテーマなので、初めて聞くことも多かったのではないかと思います。
人間がどこに向かっているかという話にはさぞビックリされたのではないでしょうか。

2月の「サットサンガ」は20日(土)19時~開催します。(終了予定時刻は21時)
今回の説法のテーマは、

「人生に大きな影響を与えるカルマの法則」

です。

人生の荒波を超えて生きていく上でカルマの思想は欠かすことのできない重要なものと認識しています。
きっとこれからお役に立つのではないかと思います。

「サットサンガ」の参加資格者は「スピリチュアル・ヒーラー養成塾」でこれまで受講歴がある方(スピリチュアル・ヒーリング講座・メディテーション&ヒーリング講座・レイキ講座)、またヒーリングスティック(銅製・独鈷杵)をお求め頂いた方となります。

瞑想の初心者の方も臆せずご参加頂ければ幸いです。
ご参加頂いている内に瞑想の偉大な力と恩恵を実感できる様になるでしょう。

参加ご希望の方は事前準備がありますので、メールフォームよりご一報ください。

「お問い合わせ」メールフォーム

その他、詳細は「スピリチュアル・ヒーラー養成塾」のサイトの「サットサンガ」をご覧ください。

「サットサンガ」




2016_01_31


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皆さん、こんにちは。

死後の世界について、様々なところでこの様だという説が言われていますが「日月神示」にも人の死後の世界についての記述がたくさんあります。
「日月神示」は高級神界から降ろされたお筆先ですので、下位の霊界・幽界の様子はよくわかるのでしょう。


 「日月神示」
以下の引用は「日月神示」からのものです



人は死んだ後に霊界に移行しそこで第二の人生が始まるとされています。
この世界(現界)で死を迎えることは肉体という衣を脱ぎ捨てることであり、本体である魂は肉体とは違うエネルギー体の衣をまとうことになります。



そなたたちの本尊は八枚十枚の衣着ているのぢゃ。死ということは、その衣、上から脱ぐことぢゃ。(白銀の巻 第一帖)




想像しやすい表現をとるとすると、死後は夢の世界の様なところに行くのです。
夢の世界でも私たちは身体を持っていますが、肉体ではありません。
肉体とはこの地球で魂が活動をするためのボディスーツの様な物です。



そして、重要なのは死後の世界では人の意識レベルに応じて行くところが異なるということです。
周りの人と喧嘩ばかりしている人、競合店潰しに明け暮れ切った張ったの修羅の生活を現世で送っている経営者は、死後も同じ様な殺伐とした世界に行きます。
農業や園芸が好きで草花を育て穏やかな生活をしている人は、死後も同じ様な平和な世界に行きます。



人間の死後、自分の命の最も相応しい状態におかれるのであるぞ。悪好きなら悪の、善好きなら善の状態におかれるのであるぞ。(黒鉄の巻 第三十八帖)

現界で天国を生み出し、天国に住めんものが、死んで天国に住める道理ないのぢゃ。(白銀の巻 第三帖)

この世で天国に住めんもの、天国に行ける道理ないのぢゃと申してあろう。(黒鉄の巻 第二十一帖





この件(くだり)を読めば、私たちはこの地上世界で天国の様な生活を何としても実現しなければならないということがわかります。

また、死後の世界の特徴は、同種が相まみえるのであって、そこにいる人たちは意識レベルが近いと言われています。
そうなると、修羅や畜生の様な生活を送っている人と、善行に励むなど人助けを我が喜びとしている人は死後には交わることはないのです。




同気同類の霊人は、同一の情態で、同じところに和し、弥栄(いやさか)え、然(しか)らざるものは、その内蔵するものの度合に正比例して遠ざかる。同類は相寄り、相集まり、睦び(むつび)栄ゆ。(地震の巻 第四帖)

天界も無限段階、地界も無限段階があり、その各々の段階に相応した霊人や地上人が生活し、歓喜している。その霊人たちは、その属する段階以外の世界とは、内的交流はあっても、全面的交流はないのである。(地震の巻 第二帖)





地球は前世が動物だった若い魂や幾度も人間をやって来た古い魂まで幅広く存在しており、自分の意識レベルとは異なる人々と交わることができる特別な場で、それ故に人間塾と言われます。
人間関係はとかく困難を伴うことが多いものですが、それが魂を磨く砥石(といし)なるのです。

そうは言っても地球でも波動の法則があり、同じ波動の人同士は共鳴し知らぬ間に集まってきます。
「類は友を呼ぶ」という諺(ことわざ)がありますが、それはこの意味です。

私は気功治療院を経営していますが、お客様は本当に人間的にできた人が多く、私は「先生」と呼ばれますがどちらが先生かわからないと思うことしばしばです。
真面目(まじめ)で人柄の穏やかなお客様ばかりが集まってきますが、それは私の波動に共鳴して集まってきているのだろうと考えています。


埼玉県には私が苦手とするあるショッピングモールがあります。
そこは波動が酷い、つまり邪気が多いケガレチだと私は感じており、長くいるとかなり疲労しますし、具合が悪くなることもあります。
私のお客様でそこでパニック発作を発症したという女性もいました。
他にもそのショッピングモールで具合が悪くなってしまい、しばらく体調不良になったというお客様もいました。

ショッピングモールの前は工場だったと聞きますが、ひょっとすると祠(ほこら)の身魂抜きをせずに取り壊しをしてしまったのかもしれません。
狐に憑かれたある女性は私が苦手とするそのショッピングモールが好きで頻繁に行っているそうです。
具合が悪くならないのでしょうね。
それも波動の法則で、私から見て邪気であっても自分自身と同じ波動のところは心地よく感じるものと思います。
意識が高い人から見たらそこは地獄界でも当の本人たちはそれが当たり前なので地獄とは思っていないのです。

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霊人の中には、太陽を最も暗きものと感じて、太陽に背を向けて呼吸し、生長している者もある。要するに、これらの霊人は、反対のものを感じ、且(か)つ受け入れて生活しているのであるが、そこにも、それ相応の歓喜があり、真実があり、生活がある。歓喜の受け入れ方や、その厚薄の相違はあるが、歓喜することに於(お)いては同様である。歓喜すればこそ、彼ら霊人たちは太陽に背を向け、光を光と感じ得ずして、闇を光と感得していることを知らねばならぬ。この霊人たちを邪霊と呼び、邪鬼と言い、斯(かか)る霊人の住む所を地獄なりと、多くの人は呼び、且つ感じ、考えるのである。しかし、それは本質的には地獄でもなく、邪神、邪霊でもない。(地震の巻 第六帖)




波動(気)は人と人を引き合わせるだけではなく、土地・建物との共鳴もあるのです。
私にとって都会は疲れるところが多いので、最近は自然の多い田舎や山に惹(ひ)かれます。

この様に人・場所に気の同調・共鳴が起きていて、同種が相交わっています。
この現象は地上世界から天界まで通じる法則であります。


2016_01_29


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皆さん、こんにちは。

交際が実を結び晴れて結婚となった時、左手の薬指に結婚指輪を付ける習慣があります。
結婚式の時に神父さんの前で結婚指輪の交換をした思い出がある人もいるのではないでしょうか。

しかし、この習慣、一体どうして何に由来しているのかよくわかりません。


そこで私は少し調べてみました。

すると、古代ギリシャや古代エジプトを起源とし、左手の薬指には心臓とつながっている太い血管があるという説に由来するとありました。
心臓には感情の中心があると信じられており、左手の薬指に指輪をはめることで感情をつかまえておくという意味があるのだそうです。


「ん~、なるほどね~。」(゜゜)

『「恋」という字は「変わる心」と書くから、捕まえておかなければならないのかなぁ』



恥ずかしながら、私は結婚した当初は結婚指輪を左手の薬指に揚々としていましたがしばらくすると面倒くさくなり外してしまいました(^^)

それから長く(20年近くかな)付けていなかったのですが、改めて久しぶりに付けてみると思わぬことがわかりました。



左手の薬指にパワーのある指輪を付けると、そのパワーは臍下丹田(せいかたんでん)にグーンと力が入って来るのです。

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丹田

丹田とはヘソ下5㎝あたりにあるチャクラ(パワースポット)であります。
古くから日本人は肚(はら)を大切に考え、武道や気功・呼吸法でも丹田をとても重要視します。
パワーの源は丹田にあると言っても過言ではありません。
丹田ができている人は昔から肚(はら)が座っている人と見られ、重用されたり衆目を集めたりしてきました。
偉業を達成する人にも肚(はら)ができている人が多いものです。

私が左手の薬指にパワーのある指輪を付けると、指輪の気(エネルギー)が左手の薬指から左腕に入って来て、それが巡り巡って丹田に収まり、そこが非常に充実した感じになるのです。
これは個人的な体感なので、そう感じない人もいることと思います。
感じる・感じないという感度の差はあっても気の巡りについては同じ様になっていると考えて良いと思います。



では、丹田が充実するとどうなるのか?

丹田が充実すると気が頭に昇りにくくなります。
気(エネルギー)というのはとかく頭に昇りがちです。
現代人は頭に必要以上に気が昇りすぎている傾向があります。
丹田に気が収まっている人は、動揺しない、どっしりとしている、迫力がある、威厳がある、という様に見えるものです。


一方、恋愛をするというのは、気が浮ついている状態です。(o^ ^o)
恋をして浮かれている状態とも言いますよね。

また、「浮気」という漢字にもある様に他の異性に気が移ることを「気が浮つく」と書きます。
この状態は丹田に気が収まっていない状態、気が胸~頭の方に昇ってしまっている状態です。


丹田にしっかりと気が収まっている状態では、他の異性に気が浮ついてしまうということは起きにくくなります。
ビックリする様なイイ女性(もしくは男性)が現れても、丹田に気が収まっていれば動揺して浮かれることはないのです。(たぶん)


私は自分が久しぶりに指輪を左手の薬指にはめた実感からその様な説を思いつきました。

今では私は夫婦円満のためというよりも、丹田の気力を高めたり、外邪から身を護ったりするために左手の薬指に指輪をはめています。



では、指輪ならどんな指輪でも良いのでしょうか?

正確に言うとそういうことではなく、指輪によって効果の差はあると思います。

できれば、エネルギーの高いパワーのある指輪の方が良いです。
だから、昔から結婚指輪はダイヤモンドなどの鉱石が付いているのではないでしょうか。

もちろん、宝石は綺麗ですし女性の美を引き立てます。
また、動乱などの万一の有事に動産として持ち歩くこともできるという利点もあることでしょう。

しかし、エネルギー的なパワーの低い結婚指輪では丹田を充実させるだけの力は望めません。
だから普通のシルバーやプラチナの結婚指輪ではそれ程高い効果は出ません。


私がお勧めするのは、力のある気功師・ヒーラー・行者・密教の僧侶・神官などに依頼し指輪にご神仏の力を入れてもらうことです。
結婚式場の神父さんは今では神職ではないただのアルバイトの外人が多いと聞きますが、信仰心が篤く本当に神の道に入った神父さんが神前でお祈りした指輪はそれなりにパワーがあったことでしょう。
私もご神仏の力を物品に封入することをしていますので指輪に神気を入れることはできます。(ご希望の方はメールでご相談ください)
そうしたパワーの入った結婚指輪はご神仏のご加護も得られご夫婦の丹田を充実させることでしょう。

パートナーが浮気しない様に、または自分自身がフラフラしない様に、パワーのある結婚指輪を左手の薬指に付けることをお勧めする次第です。
きっと夫婦円満の温かい家庭が長続きするものと思います。

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2016_01_24


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皆さん、こんにちは。

私たちは頻繁に「ありがとう」と人に感謝を伝えます。
または、人から感謝を伝えられます。


「ありがとう」とは、漢字で書くと、

有り難う


と、なります。

この意味は「(そう)あることが難しい」「(そう)あることが困難である」ととることができます。

なのに・・・それなのに、やってくれたとは・・・

と、いう感謝の気持ちがその言葉の裏にある訳です。


つまり、

「そうあることがとても難しいのに、私のためにやってくれて・・・」

と、いう高まった気持ちが「ありがとう」です。


そうあることが難しいのに、それを私のためにやってくれることが日常で頻発しています。

モロヘイヤ
(出典: モロヘイヤ栽培 )

例えば、私は昼食に伊豆諸島産のモロヘイヤを食べました。
それだってそれが生育するまで農家の方(たぶん夫婦でしょうか?)が毎日面倒をみて、刈り取るまでの長期に渡って台風でダメになることもなく、トラック・飛行機などの物流に携わる多くの人の力を借りて、ある経営者が経営してくれているスーパーで、その社員さんが丁寧に陳列してくれて、私がお客様から頂いた施術料の一部と交換して、ようやく私の口に入ったのです。
より細かく検証したら、もっともっと多くの人が関わっていますよ。

この様にたった一つの事例をとっても多くの人の力が関わっています。

でも、普段はそんなこと考えませんよね。

しかし、私たちの日常はそんな多くの人の力が結実して成り立っているのです。
そんなことばかりです。
それはある意味、奇跡ではないでしょうか。
例に挙げたモロヘイヤだって300年、500年前では有り得ない(=そうあることはない)ことでしょう。



不満や怒りなど心がネガティブに振れていてはその様な日常の小さな奇跡に気付きません。

今の日本人は電車が3分遅れただけで激怒しキレてしまう人が多いのが実情です。



「ありがとう」とは奇跡が起こっていること。
何もない空中から物質を取り出すばかりが奇跡ではありません。


私たちの身体は60兆もの細胞から成っており、それが不思議な力で実に見事に有機的に動いています。
何も私たちは意識せずとも自動で身体は動いてくれています。
多少の不調はあるかもしれませんが、細菌が一杯、リスクが一杯のこの地球という星で故障もせず長く生きていられることは奇跡以外の何ものでもありません。

本当に「有ることが難しい」、ありがとうなのです。


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2016_01_18

2016年の抱負

category: 人生  

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皆さん、こんにちは。

年初に抱負を固めておくことは、1年を実りあるものにするために大切なことです。

松下幸之助氏は創業の頃より年末または年頭に新年の抱負とその年の経営方針を述べていました。
松下幸之助氏だけではなく経営者で同じ様にしている人は少なくないことでしょう。

そこで、私も例年の様に今年にやっていきたいこと、実現したいことをまとめてみます。
自分自身に向けて書いている一面もありますので「??」なところもあるかもしれませんが、それはそれでご覧頂ければと思います。



霊性修行に一層励んでいくこと、肉体と魂を鍛えていくこと

霊性修行をするということはいわば魂を鍛えていくことになるのですが、その点で現状より一段高いレベルを志向したいと思っています。
今年は霊性を加速度的に高めなければならないという緊張感をひしひしと感じます。
すべてにおいて最優先事項は修行となります。
それで成果を上げれば上げる程お客様に還元できるものが多くなります。
人生においてあることを集中的にしなければならない時期というものがあります。
それが私にとって今年の霊性修行であるということです。
山に入ることも多くなるでしょう。

また、物質世界を生きる上で肉体を疎かにすることはできないので、肉体的にもより強靭になる様鍛錬していきます。

食も今は牛・豚・鳥・魚の肉をとりませんが、より一層の食の節制をするかもしれません。
※魚はお付き合い上やむを得ない場合はとることもあります。


指導の一層の進化・充実を図る

スピリチュアル・ヒーラー養成塾の全カリキュラムを一新し、質・量ともに現状の進化向上を図ります。
治療の技量、人間性共に多くの患者さんに慕われる治療家を輩出していきます。


WEBメディアのコンテンツを充実させる

このブログの他、複数のサイトでの情報発信に力を入れていきます。
集客・広告という観点ではこれ以上する必要はないのですが、書くことは情報提供という点で読者の役に立ちます。
ブログについては、読者数を無闇に増やそうとするのではなくコアな読者に響く質の高い記事を書いていきます。



日々の本業である気功治療が多忙であるため、他のことについては時間の使い方が重要となります。
二十歳を過ぎれば脳細胞は日々死んでいくと言われますが、頭脳のメモリーが増量しないものかなぁと思う今日この頃です。

気功治療については例年通り、他所で良くならないクライアントさんを健康に導いて差し上げることに情熱を持って取り組んでいきます。

あとは、できるだけ腹を立てない、穏やかな笑顔でいることでしょう。



2016_01_13


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猿神 ハヌマーン


皆さん、あけましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。

年末年始、私は実家に帰省し、両親・兄弟、親戚とこの時期を一緒に過ごすのが恒例行事となっています。
日頃の節制も周りに合わせこの時期だけは少し緩めて過ごしています。(それでも牛・豚・鳥、酒はとりませんが)

正月3ヶ日が過ぎ、4日から仕事始めという人は多いのではないでしょうか。
私も4日から仕事再開です。
昨年もかなり充実していましたが、今年は昨年よりもより密度の濃い年にしたいと思います。



さて、2016年は申年であります。
猿といえば、インドでは猿神ハヌマーンが有名です。
ハヌマーンは猿の神様です。
ハヌマーンは勇敢さと力強さの象徴であり、風の神ヴァーユの化身であります。
大きさを自由自在に変えることができ、空を飛ぶこともできます。
また、シヴァ神の化身であるとも言われています。

猿と言えば、キーキーと小賢しく歯を剥き出しにして攻撃してくる小猿のイメージがあります。
私がかつてインドネシアで修行していた時、私の泊まっている部屋に小型の猿が侵入してきて彼らと格闘する羽目になりましたが、その様な猿とはハヌマーンは全然違います。
私がインドで修行した時に森で見た猿は大きさも日本の猿よりデカく、白色で堂々たる偉丈夫の風格がありました。
下手な人間よりも余程威厳がありましたよ。
それがおそらくハヌマーンのモデルとなったのでしょう。
日本の猿のイメージとは大分違います。

インドの叙情詩「ラーマヤーナ」では、悪魔にさらわれた王女シータ妃のためにランカー島(スリランカか?)まで救出に行くシーンがあり、それが有名です。

また、ハヌマーンは西遊記の孫悟空のモデルとも言われます。
孫悟空が三蔵法師に忠誠を誓った様に、ハヌマーンはラーマ王子に忠誠を誓い共に悪魔と闘っているのです。

鳥山明氏のドラゴンボールも西遊記の孫悟空からキャラクターを作っていて、初期の頃はドラゴンボールの孫悟空も巨大な猿に変身していました。
それなどはまさにハヌマーン像に近いものといえます。

日本では日枝(ひえ)神社が猿を祀っています。
日枝神社の主祭神は大山咋神(おおやまくいのかみ)で山の神、農耕治水の神でありますが、その山を守る神が猿と結びついたという説もあります。
申年ですから、お近くの日枝神社に初詣に行くとご利益があるかもしれません。


ハヌマーンを通して私たちが学ばなければならないこと。
それは、「モンキーマインド」を克己(こっき)することです。

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インドで霊性修行をしますと、私たちの心の様を「モンキーマインド」と呼び、それを瞑想などの行によって克服しなければならないと教えられます。
猿がキーキーと高い声を出して木の枝を飛び移ったり、落ち着きなく絶えず動き回ったりしている様子を私たちの心の有り様に例えているのです。

実際、私たちの心は常に様々な欲望の対象に向けられ一所に定まることはありません。
それすらも気付いていない人が多いのですが、瞑想をする人は目をつぶって瞑想している最中にも思考という雑念が次々と去来していくのがわかるはずです。
五感(目・鼻・耳・舌・皮膚)を通して入って来る刺激や本能的な欲求(性欲・食欲・睡眠欲)に心はあっちこっちに向けられ、感情が高ぶったり落ち込んだりする状態が継続し落ち着くことがないのが一般的な人の人生であります。

私たちはその様な外界の刺激や執着に振り回されることなく、心を常に神(宇宙)に向け不動の心を養わなければなりません。
霊性修行をする者は主に瞑想を通して心の有り様、心の持ち方を学び鍛えていきます。
心を統御することなしに、霊性を高め解脱や悟りに向かうことはないのです。

人生の成功もしかりで、一般的な自己啓発や成功法では自分に入って来る無数の情報に対処する術を本・セミナーなどで勉強し会得していきます。
しかしそれも次から次に対象が現れ、情報に振り回されるだけでとどまることを知りません。
最も重要で確実な成功法は自分の内にある心を統御していくことです。
秘密の鍵は外部にあるのではなく、自分の内部にあるのです。


最後に、今年一年の皆様の健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
2016年を実りある年にしていきましょう!


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プロフィール

水野博友

Author:水野博友
気功家・ヒーラー・瞑想家
気功で人の病気や苦しみを癒すヒーラー

愛知県出身、早稲田大学商学部卒。
埼玉県さいたま市浦和区で気功治療院「外気功療法さいたま院」を開業、肉体の病~精神の病まで日夜 気功の施術を行っている。遠隔気功の実績も豊富。
満月時は日本の山に籠り密教修行を行う、また2011年より定期的にインド・ヒマラヤ、インドネシアに渡り様々な聖者の指導を受けて霊性修行に励んでいる。

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