2017年2月の修行後記

category: 霊性修行  

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時は満月で、雲一つない澄んだ空に月が煌々と輝いていました


皆さん、こんにちは。

先週は金~日まで山の洞窟で毎月恒例の瞑想行をしておりました。
2月の山なので、寒さは大変厳しく雪が積もっていて、修行場へのアクセスもこの時期は困難を極めます。
気温も零下なので、関東の温かさとは違います。
山の麓の街でさえも手袋をしていないと、手がかじかんで凍りそうになる位です。
山へ上がる道中は、雪で動けなくなった車が数台無残にも乗り捨てられていました。
中には、道路から横の崖に落ちてひっくり返っている車までありました。

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鹿の足跡

修行はもっぱら瞑想行で、仏神とつながるために行います。
山にある洞窟で蠟燭を1本灯し、薄暗い中で瞑想をします。
広さは畳一畳位、自分自身と向き合う孤独行でもあります。
期間中はほぼ無言で、果物や水をわずかに買い込み、とても簡素な食事を摂っていました。

そして、土曜日の夜はプージャ(護摩祈禱)をしますので、ホーマ(炉)のある小屋に移動しました。
プージャの様子は先のブログ記事の通りです。




物も食も娯楽も情報もない環境で霊性修行を終えるといつも思うことなのですが、山から下りて東京・埼玉に戻ると、何か汚濁の下界に戻った様な気分になるのです。

男性は、誰が偉いか偉くないか、誰がたくさんお金や物を持っているのかどうか・・・こんなことを第一義にして競い合い生きている様に見えてしまいます。

一方、女性は、自分を安心させるために自分より劣った人を見つけては悪口を言い、化粧や衣装で着飾って、外見を映えるようにするのに一生懸命になっている様に見えてしまいます。

人々は、欲求や執着だらけで、「もっと!もっと!もっと!」と心が飢えて、欲求が留まるところを知りません。
「オレが、オレが、オレが(=俺我)」「わたしが、わたしが、わたしが(=私我)」と、自分大事、自己中心的なエゴ剥き出し状態に見えます。

美味しい物ばかりに関心がいって、ガツガツガツガツ食べてばかり。
美味しい物をたくさん食べて自慢げにしている人が多いけど、そんなことはどうでもいい感じがします。

そのようにして年月が経ち、死ぬときになって「私の人生って何だったのだろうか?」「私の人生、結局何も残ってないなぁ・・・」と思ったりするのでしょうか?



こういうのが人間本来の生き方なのかと首を傾げてしまいます。
愛を指標にし、どれだけ他人を幸福にできるかとか、どれだけ人に喜んでもらえるかとか、愛のエネルギーを高めようとか、その様な観点を第一義にしている人は余り多くありません。

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泥の中で咲く花は、蓮であり、観音菩薩の象徴です。
真理や霊性について思いを馳せる人は極めて稀なこの汚濁の現代社会で、一輪の蓮の花になるべく共に生きていきましょう。




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2017_02_14

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プロフィール

水野博友

Author:水野博友
気功家・ヒーラー・瞑想家
気功で人の病気や苦しみを癒すヒーラー

愛知県出身、早稲田大学商学部卒。
埼玉県さいたま市浦和区で気功治療院「外気功療法さいたま院」を開業、肉体の病~精神の病まで日夜 気功の施術を行っている。遠隔気功の実績も豊富。
満月時は日本の山に籠り密教修行を行う、また2011年より定期的にインド・ヒマラヤ、インドネシアに渡り様々な聖者の指導を受けて霊性修行に励んでいる。

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