仙人と会った0さんの臨死体験談


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go to heaven


下記の記事は2009年の年末に書いたものですが、神による見えない力、お導きの働きをこれからお話していくのに読んでおいて頂きたいと思い、一部を修正し再掲します。

現代に生きる多くの人たちは目に見えるもの・聞こえるものの存在しか信じませんが、実際には五感(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)で感知できない領域というものが存在するのです。
その五感で捉えられない領域を能力者は第六感で感知します。

そして気功の力もそこが源泉になっているのです。

私たちは自分の力でこの世界を生きていると錯覚していますが、実際は見えない力に支えられ、導かれ生きているものと思います。
その様なことが肚(はら)で分かる様になるとそれまで当たり前と思っていたことがありがたく感じられ、日々感謝感謝で生きられる様になります。







12月になると街はクリスマスのムードが高まり幾らか華やかで楽しげな雰囲気になります。
そんなクリスマスが終わって、急に年越しのムードに切り替わり穏やかな雰囲気になる、そんな頃の話です。

もう随分前のことになります。

ちょうどその頃、私は出張で都内のK大学病院に胆のうがんのお客様(Oさん)に気功の施術をしていました。
Oさんは既に末期の末期を迎えており、がんの進行がかなり進んで強い痛みがOさんを苦しめていました。

Oさんは外科に入院していたため、腸閉塞の改善や、何かの管を体内にいれるために、その都度何回かの手術を重ね、健常者でもこう頻繁に手術をしては身体がもたないだろうと思われる程で、とても自己治癒力でがんの進行を食い止めたり、がんを縮小させていくような気力・体力は残っていない状況でした。

外科は本当によく身体を切り刻みます。
治る見込みがないのであれば痛みを緩和させるような治療をすればよいと思うのですが、手術を安易にしすぎる傾向があるように感じられます。

手術の効果が一時的・限定的としか思われず、かえってそれが患者の体力を奪い衰弱を進めているようにしかみえません。

私が出張で病室まで出向き、気功の施術をしても外科的治療に足を引っ張られているようで痛みを緩和することができても回復は難しい状況になっていました。

それまで何回か出張療法を重ね、その日は確か19時から気功の施術をしていました。
しかし、状況からしてもう余命がいくばくもないような感じで既に意識も失っていました。

20時に施術が終わり、京浜東北線にのって店に戻りました。
その頃は自分の限界近くまで気功の予約を受け付けていて、夜遅くまで施術をしていました。
その日もあと一人お客様の予約がありました。

21時頃店につくと、Oさんのご主人から電話が入りました。

「心臓が弱って、家内の心臓が止まってしまいそうです。どうか助けて下さい。」

今夜が山場だと主治医の先生は言ったそうです。
予約が入っていたお客様に事情を説明し、急いで再度K大学病院に向かいました。
着いた頃は夜の23時頃、急遽心臓の機能が回復するよう気功の施術をしたところ、心臓はなんとか持ち直してくれて安定するようになりました。
意識はまだありませんでしたが、病室に泊まりこんでいたOさんのご主人に挨拶をしてその日の終電で帰宅しました。

翌日、またOさんの施術のため病室に伺うとOさんは意識を取り戻し、普通に会話をしていました。
前よりも元気になったご様子に私も嬉しさを隠せず、「良かったですね。」とOさんとご家族の皆様と歓びを分かち合いました。

すると、Oさんは昨夜不思議な体験をしたと話し始めました。

昨日の1回目の施術の時、意識はありませんでしたが、私が気功の施術を終えて病院から駅に向かって歩いているのを見ていたというのです。(死の直前になると意識が時間と空間の壁を超える現象が起こります。)

それから上の方に上がっていき、何やら雲の上のようなところに行ったそうです。
そこは人々が行列を作っていて、何かの順番を待っているかのようでした。

Oさんもその列に加わり、順番を待ち、やがて自分の順番がまわってきました。

そこには仙人のような人とその従者が両脇におり、審判を下していたそうです。

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その審判とは霊界にいくかどうかの審判で、霊界に行く人には「こっち」と右に誘導していたそうです。
まるで話に聞く閻魔大王のようです。

Oさんは仙人と対面すると、Oさんは仙人にこう言われました。

「あなたにはまだ役目がある。」

そして、現界に戻るよう話をしたそうです。

さらに、仙人は「水野さんを呼んでくれ。」と従者に言い、従者は何か手配をしていたそうです。

私がその日の2回目の気功の施術に呼ばれたのはOさんのご主人からの電話でしたが、Oさんのご主人をそのような行動に移らせたのは、その霊界の従者のお導きがあったからかもしれません。

私はOさんのご主人のご依頼で再度病院に赴き、心臓の施術をしたのは先述の通りです。
Oさんは気付くと意識が自分の身体に入っており、意識を取り戻したということです。

その話をOさんのご家族と聞いて、ご家族の皆様は私のことを「スゲー」と言っていましたが、私は「こうして気功の施術に当たらせていただいているのも、やはりあちらの世界の意思があってのことなんだろうか。」と思ったものです。

それにしても、私のことを「さん」付けで呼んでいるとはまた面白いものです。

夢のような話ですが、臨死体験をして三途の川を渡るかどうかという経験をした人は私のお客様の中にも時々いて、不思議と似通ったシーン(場面)を語りますので、あながち夢とも言えず意識が肉体を離れたあとはそのような道を辿るのかもしれません。

死後の世界観はお国柄や宗教によって異なっていますが、一定のバックグラウンドを持つ人達は似た世界観をもっている様です。

Oさんは明るい笑顔でこう語りました。

「水野先生、死ぬのってこんなに簡単だとは思いませんでした。」と。

意識が肉体を離れるときは全然苦しみも痛みもないそうです。

確かに肉体から意識が離れるまでの外科的処置は相当辛かったと思うのですが、意識が肉体を離れる時は想像以上に「簡単」なのだそうです。

Oさんの場合は緩和ケアがきちんとされていればもっと楽にそれを迎えられていたに違いありません。

その後Oさんは一旦退院をして1ヵ月程ご家族と最後のひと時を過ごした後に、再度霊界に旅立たれました。


この話からわかることは、「人は役目があるうちは死なない」「死ぬことは簡単である」ということです。

人はそれぞれ何らかのお役目・使命をもってこの世に生を得ていると思います。
それは革命を起こすとか、事業を起こすとか、何かの記録を達成するとか社会的な価値観・評価基準には当てはまらないことのようで、日常生活の目の前のささいなことや一見価値がない雑事の中に埋もれているように思います。


人はそうして何十年かの生をこの世で体験し、お役目を果たし終えてこの世を離れていくのでしょう。



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2015_05_23

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プロフィール

水野博友

Author:水野博友
気功家・ヒーラー・瞑想家
気功で人の病気や苦しみを癒すヒーラー

愛知県出身、早稲田大学商学部卒。
埼玉県さいたま市浦和区で気功治療院「外気功療法さいたま院」を開業、肉体の病~精神の病まで日夜 気功の施術を行っている。遠隔気功の実績も豊富。
満月時は日本の山に籠り密教修行を行う、また2011年より定期的にインド・ヒマラヤ、インドネシアに渡り様々な聖者の指導を受けて霊性修行に励んでいる。

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