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2019年3月 修行後記

category: 霊性修行  

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皆さん、こんにちは。

3月の山での修行から帰るリムジンバスの車中で書いています。

今月から私はカーリープロセスに入りました。
カーリープロセスというのは、カーリー女神との結びつきを深める特別なコースです。
行を授ける側も、受ける側も必死の思いで挑まなければならない難行であります。

おそらく、この行を満行すれば、また一層気功治療の効果は上がることでしょう。


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カーリー女神

まるで悪魔の如く異様な容姿のカーリーは、麗しく美しい女神パールヴァティの忿怒相(ふんぬそう)です。
悪の軍勢を一掃し、勝利のダンスを夫・シヴァの腹上で踊ったという神話があります。
それだけ強力なパワーを持ちますが、それだけに修行も一層厳しいものになります。




木曜の夜、修行場の3階の狭苦しい部屋に籠り、行が始まったのですが、開始早々で自分自身の中に無意識で抑え込んでいたネガティブな感情が噴出し、修行仲間も含めて行が中断する異常事態になりました。


外見で穏やかそうに見える人でも、中身はそうとは限りません。
人は外見で判断できないのです。
いつも笑顔を絶やさない人でも、その笑顔が現れるまでに艱難辛苦(かんなんしんく)を乗り越えてきて、ようやくその境地に辿り着いていることもあります。

私の見えない心の内にも、いつの頃からかわからない溜めこんだ醜い感情のエネルギーが潜んでいて、心のフタが開いてそれが顔を覗かせました。

真っ黒のコールタール状のドス黒さで、長い年月の恐れや憎しみや悲しみ、不信や孤独感などネガティブなエネルギーが圧縮し腐敗しているかの様です。
思いがけず、それと急に向き合って味わわなければならなくなったので、精神が崩壊しそうになります。


「まだ自身の中にそんな醜いものが潜んでいたのか・・・」


エゴの抵抗が最終局面を迎えているかの様です。

また、同時に、生霊などの霊障、お客様の身代わりに被った攻撃的な悪念も絡んでいて、ネガティブなエネルギー、ブラックなエネルギーのオンパレード・・・超巨大台風に飲み込まれ翻弄されているかの様相を呈していました。



霊性修行とはこの様なもので、どこまでいっても浄化、また浄化・・・
自分自身という器からネガティブなエネルギーを空に近づけないと、神聖なエネルギーが入るスペースがありません。

大局的に見ればこの様な段階なのでしょうが、こういう苦しみというのは、直面している当人しかわからないものです。
一歩間違えば、精神が崩壊し、分裂病になってしまいそうな、そんなギリギリの瀬戸際を歩いている感じがします。

うつや心の病の人を健常者が見ると、「心が弱いんだな」と思うかもしれませんが、そういうことではないのです。
健康な人でもいつ何時その様な状態になるかわからないというのは知っておいた方が良いです。




人の心の中には、光と闇が50対50で同居していると言われます。
この世界もやはり光と闇、善と悪が50対50で構成されています。
腸内細菌も、善玉菌と悪玉菌がだいたい同じくらいの割合で構成されています。
より一層の光を放つ存在になるには、そのネガティブな部分を直視し、それを浄化するしかありません。



行の最中、私はなんとか正気を保っていましたが、師匠からは何度も「大丈夫か?大丈夫か?」と心配をされました。
おそらく、目がおかしかったのでしょう。

夜中の1時半頃、私が地下洞窟で独り睡眠中、ふと目を覚ますと師匠が私のヒーリングをしていたこともありました。


「ありがたいなぁ・・・(涙)


ハリケーンの様に荒れ狂った胸中に、温かい感謝の思いがこみ上げました。

まだこの文章を書いている今も、やや安定感を欠いている感じがありますが、師匠からは

「8日間だ。8日目になったら楽しみだ」

と、何がそう言わせているのかわかりませんが、そう告げられました。




最近の修行では肉体的な辛さが続いていましたが、今回は精神の大浄化が始まった感じです。
実はこれまでにも同様の経験をしており、その時も思い出したくない位大変でした。
その時もやはりカーリーだったのです。




書いている内に気が落ち着いてきました。
まぁ、私は今回も何とか耐え忍んで凌ぐことができるでしょう。

思えばシルディ・サイババも時に狂人の様に見えたという逸話が残っています。
それは、シルディ・サイババ自身の闇というよりも、おそらく救わなければならない熱烈な信者の闇や業(ごう)を引き受けてのたうち回っていたのかもしれません。




修行場から帰るバスの車内で「日月神示」を開きました。
すると、黒鉄の巻第三帖が開き、そこにはこの様に載っていました。



理屈は一方的のものぞ
どんな理屈でも成り立つが
理屈ほど頼りないもの、力にならんものないぞ
理が⦿(カミ)の御働きぞ
よく見極めねば間違うぞ、囚われるなよ
他の為に苦労することは喜びであるぞ
全体のために働くことは喜びぞ、光の生命ぞ
誰でも重荷負わせてあるのじゃ
重荷あるからこそ、風にも倒れんのざ
この道理、涙で笑って汗で喜べよ
それとも重荷外してほしいのか
重い重荷もあるぞ、軽い重荷もあるぞ
今播いた種、今日や明日には実らんのざ
早く花が見たく、実が欲しいから焦るのじゃ
人間の近欲と申すもの
神の大道に生きて実りの秋(とき)待てよ
播いた種じゃ、必ず実る、誰も横取りはせんぞ
万倍になってそなたに返ると申してあろう
未来に燃えつつ現在に燃えよ、神相手に悠々と天地に歩め



この神示を読み、勇気を得ました。

私がぐらついてしまったのは、頭でっかちで理詰めで考える様になっていたからかもしれません。
または、苦しんでいるお客様から離れてしまっていたからかもしれません。
気功治療家として実に情けないことです。

苦しみの闇の中、出口が見えないトンネルの中にいるお客様のことを思えば、これしきは何ということないはずです。
病気のお客様のためにも、ここは敢然と乗り切らなければなりません。


行者とは、行の中に生き、行の中に死ぬ者のことを言います。
また、行者とは、行の苦しみよりも、他人を救う歓びを貴ぶ(たっとぶ)者を言います。
私は自身が行者であることを再認識し、これからの修行に邁進していきます。


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※修行明け数日、精神が不安定な状況が続いていましたが、8日を過ぎると嵐が過ぎたかの様に穏やかな心持ちになりました。まるで台風一過の様です。今日は愉快なお客様が来て、お陰様でたくさん腹の底から笑うことができました。



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プロフィール

水野博友

Author:水野博友
気功家・ヒーラー・瞑想家
気功で人の病気や苦しみを癒すヒーラー

愛知県出身、早稲田大学商学部卒。
埼玉県さいたま市浦和区で気功治療院「外気功療法さいたま院」を開業、肉体の病~精神の病まで日夜 気功の施術を行っている。遠隔気功の実績も豊富。
満月時は日本の山に籠り密教修行を行う、また2011年より定期的にインド・ヒマラヤ、インドネシアに渡り様々な聖者の指導を受けて霊性修行に励んでいる。

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