神仏とのご縁と伝授前の浄化
category: スピリチュアル・ヒーリング講座

今日の午前中は「スピリチュアル・ヒーリング講座」を受講されているAさんに伝授をする予定になっていました。
しかし、昨夜「風邪を引いて体調が悪い」と電話があり、予定が延期になりました。
私は「また、伝授前の浄化が起こったか・・・」と思いました。
伝授の前になると体調が悪くなり、予定が延期になることはよくあることです。
それはその生徒さんによってはとても良いことなのです。
私は午前中がぽっかり空いてしまいましたので、行をやったり、こうしてカフェでブログの原稿を書いたりして有効に活用させてもらっています。
以前、スピリチュアル・ヒーラー養成塾の「ヒーリングWEB講座」に「伝授前におこる浄化」についてかきました。
以下、一部加筆修正をして再掲します。
当サロンの「スピリチュアル・ヒーリング講座」「メディテーション&ヒーリング講座」の内容は全て自力ではなく、他力です。
自力?他力?・・・初めて聞く方もいることでしょう。
他力とは人間の力(気)を高めてヒーリングするものではなく、神仏との霊的なつながりを持ち、その力(気)を受け手に導くものです。
他力では特にご縁が重要となります。
ご縁とは、神仏とのご縁、師とのご縁です。
自力は一人一人の努力や才能が物を言う世界です。
他力は努力だけではどうにもならない世界であり、師によって神仏とのご縁を結んでもらわないとその力を頂くことはできません。
密教の世界では結縁灌頂(けちえんかんじょう)という儀式があります。
他力を頂くには神仏とのご縁や師とのご縁がなければたどり着けないものです。
ご縁というのはどのようにしてできるのでしょうか?
私も正直良く分かりません。
私は自分の意思というよりも流れで導かれるようにして、インド・ヒマラヤ・インドネシアで修行をしてきましたが、その都度「自分は一体なぜここにいるのだろうか?」と思わずにはいられませんでした。
何かのご縁という力が働いているとしか思えないのです。
しかし、自分がこれまで頂いたご縁がなぜ自分なのか・・・その答えは未だ見つかりません。
おそらくご縁というものは、過去世までに積んできた功徳や修行が大きく関係しているのではないかと思います。
もちろん現世でこれまでしてきたことも重要でしょうが、現世の数十年間の人生よりも幾世もの過去世で行ってきたことの方が遥かに比重は高いのでしょう。
つまり、過去世で何らかの神仏とのご縁を持つこと(神事)を行って来ており、今世ではそれを忘れているものの、修行をきっかけにしてそれを思い出すということになるのでしょう。
その考えによれば、神仏とのご縁は今世の修行前に既にある程度出来ていると見ることができます。
私も大分前に数人のチャネラーさんに背後関係をみて頂いたことがありますが、その当時は聞いたこともない神様の名前が出てきました。
それから分かることは、人は意識していなくても神は既に見ているということです。
当サロンのヒーリング講座にお申し込みをされた方の多くは、今世、再び人として生まれ娑婆の世界で神仏をさほど思うことなく過ごしてきたが、幾多の艱難辛苦を味わうことによってまた神仏に目が向くようになった方々と思うのです。
人生が順風満帆の人はそれで満たされてしまいますので、ご神仏に心が向くことは余りありません。
ご神仏への信仰に目覚める人のほとんどは大変な苦労を経験しています。
その様な苦労を通じて神に導かれているのでしょう。
皆、自分の意思で受講の申し込みをしたものと思っているのでしょうが、実はそれは神仏の図らい・お導きであることが往々にしてあると思われます。
このAさんは初回の受講日に私が講義を進めている際に「ああっ~!!」と突然大きな声を出しました。
「何だろう??」と思うと、Aさんは私の後ろの神棚に飾られている赤い衣装を着た女神を指して「あの神様です!!」と言うではありませんか。
聞けば、受講を申し込む数日前、家の仏壇に手を合わせている時にその赤い衣装を着た女神が現れて「時は来た」と告げたそうです。
その時Aさんは何のことやらわかりませんでしたが、こうしてうちのサロンで女神と再会しその時言われた意味が分かったのでした。
これもまた不思議な話です。
さて、ヒーリング講座のお申し込みを頂いて伝授の日までは期間が少しありますが、その期間に体調を損なう人が少なからずいます。
胃腸の調子が悪くなり嘔吐をする、下痢をする、湿疹等の皮膚病になる、原因不明の高熱が出る、感情的にネガティブになる・・・等々、風邪に似ている症状で、それぞれが結構苦しいものだったりします。
これまで風邪など全然引かなかった人でもこの様に急に体調が悪くなることがあります。
一見悪い現象の様ですが実はこれは神による浄化作用なのです。
私も過去ヒマラヤに行く前の1週間にこれでもかというくらい便が出たことがあります。
前回のインド修行の時も、バリ島の修行の時も浄化が起こり、気分が悪いため丸1日ぶっ倒れていました。
修行仲間でもインドに着くと急に体調を崩し、辛い状態になることが珍しくありません。
私の修行仲間はそれが浄化であることがわかりますので、「頑張って、頑張って」と励ますことしかできません。
数日それを乗り越えると気分が爽快になり、浄化が起こる前段階より断然元気になります。
私の師もインドで何度も死ぬか生きるかの浄化を経験しています。
行のレベルが高くなる程浄化も激しくなるのでしょうか、師がその浄化を経験している時に連鎖的に日本にいた私までも浄化が起こり、苦しくて死ぬのではないかと思った時期がありました。
霊性修行をしていますとこのように不思議なことが起こったりします。
人間と神では存在する世界が波動的に大きく異なります。
神仏との霊的結びつきを持つにあたり、心身が穢れた状態では深いご縁は結べません。
ご縁を結ぶ前にその人の不浄な部分を出し切ってもらい、それから神仏が霊的背後につくのです。
お申し込みを頂いた後、私が何か遠隔でしているものでも、何かのエネルギー的設定をしている訳でもありません。
私は何もしていないのです。
しかし、人によって色々な浄化が起こります。
当人はさぞ辛いのでしょうが、浄化はまさに神の恩寵でありギフトと言えるものでしょう。
浄化は不浄なものを強制的に排出しますので肉体的・精神的にきついものですが、人はそれを経過してより清浄になっていきます。
不浄なものとは、これまで心身に蓄積してきた老廃物やネガティブな感情のエネルギーであったり、またはその人が持つカルマ(因縁・メグリ)であったりします。
私たちは何もしなければそのようなものを常に抱えており、神から見たらとても汚れている生き物と言えます。
霊性修行においては、人それぞれ適当なタイミングで神による浄化が起こることが珍しくありません。
と、言っても伝授前に浄化が起こらなかったからといって落胆する必要もありません。
また浄化を必要以上に恐れる必要もありません。
「日月神示」にもこの様に書いてあります。
この道に入ると損をしたり、病気になったり、怪我をすることがよくあるなれど、それは大難を小難にし、またメグリが一時に出て来て、その借銭済ましをさせられているのぢゃ。借りたものは返さねばならん道理ぢゃ。損もよい、病気もよいぞと申してあろうが。(月光の巻・第四十四帖)
もし、浄化が起こったら薬はできるだけ飲まずしんどいかもしれませんがその時期が終わるのを待つのが良いでしょう。
薬は基本的に症状を抑えてしまうのでせっかくの浄化の働きを削いでしまいます。
(絶対に飲んではいけないということではありません。)

浄化を乗り越えるということは新たな段階に進むということです。
幾多の浄化を乗り越え、私たちはより清浄になっていきます。
霊性修行者はあたかも物質世界という泥中に咲く蓮の花のようでもあります。
浄化とは神の恩寵であり、とても有難いことなのです。
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