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天才治療家 野口晴哉が唱えた「風邪の効用」


風邪の効用


野口晴哉(のぐちはるちか、1911年~1976年)〔以下、敬称略〕は、野口整体の創始者であり、日本屈指の身体思想家です。
古今の東洋医学のメソッドを自分の整体法に取り入れ、気の流れを調整することで人間が潜在的に持つ自然治癒力を呼び覚ますという独自の整体法を確立しました。

野口晴哉の技術は、神憑り的で、超絶的だと伝わっています。
整体とは言っていますが、技術の核心は「愉気」という気功法でした。

有名人や政治家もたくさん通っていた様です。
西洋医学のお偉い医師たちも「大っぴらには言えないのだが・・・」とこっそり施術を受けていました。
ご存命でしたら私も一度施術を受けてみたかったです。

野口晴哉は15才の頃から療術の指導をする道場を設立した神童でありました。
他界してから既に50年近くになりますが、今でも療術の世界では神様の様に尊崇を集めている人です。

野口晴哉
野口晴哉

野口晴哉の有名な著書に「風邪の効用」があります。
今でも多くの西洋医学の医師たちは、風邪は「治す」ものと考え、症状が出なくなる様抑え込む治療をします。

私が子供の頃は、それでよく抗生物質を処方されていました。
私も子供の頃はよく風邪を引いて、その薬を飲んでしまいましたので、未だにその悪影響が残存しています。
アレルギー症状に悩む人の原因はだいたいこの薬です。


西洋医学の医師たちは風邪の治療を「抑え込む」「闘う」「根絶する」など、病気と対立する概念で応対するため、症状を抑え込む反動が違う症状として現れてしまうのです。
一方、野口晴哉は風邪を「経過する」という表現を用いました。


「経過する」風邪は、真逆の考え方です。
風邪を通して、身体を良くしていく。
人が持つ本来の自然治癒力が、風邪を通して身体の毒素を排泄し、歪みを整え、健全な状態に戻していくという様に考えます。



「癌になる人とか脳溢血になる人とかいうのを丁寧に見ると皆、共通して風邪も引かないという人が多い。 長生きしているしている人を見ると、絶えず風邪を引いたり、 寒くなると急に鼻水が出るというような、いわゆる病み抜いたという人である。」 

「だからいろいろな病気を治す方法よりは、風邪を上手に経過する生活法と云いますか、それを会得しておけば、癌になるとか、脳溢血になるとか、そういう麻痺した体も正すことが出来る。 従ってそういうような病気にならないで済む。」



と、この様に風邪を整体のために積極的に活用するのです。


鼻水が出る、咳が出る、頭痛がする、下痢をする・・・などの多様な風邪症状は、身体の老廃物・毒素を排泄しようとする働きで、内在の力の発露とも言えるものです。

風邪を通して毒素を出し切ってしまえば、身体はスッキリし、元気になります。
毒素の排泄をせずに、症状を薬で抑え込んでしまえば、いつまでも風邪が身体に籠ってしまってスッキリしない状態が続きます。

また、一つの症状を抑え込むことに成功しても、身体は違う経路からそれを排出しようと働きますので、また別の症状が現れて来るということになります。
風邪をぶり返すとか、風邪をこじらすというのは、この様な状態のことをいいます。


西洋医学の薬で風邪を治した場合、症状がなくなれば治ったと患者は判断します。
しかし、厳密に見れば、とりあえず症状はなくなったけれど本当に身体が元気に回復したとは言えません。

自然に風邪を経過すれば、身体は風邪を引く前の状態よりも、更にレベルアップし一層元気になります。
この点は大きな違いと言えます。



野口晴哉は、



「上手に風邪を引くと古い病気がいろいろと治ります。 私は昔、喘息を治すのに迷走神経を調整したりいろいろな事をやって骨を折りましたが、 近頃は風邪を引くのを待っている。 (中略)リウマチなどでも風邪を引きさえすれば治る。」

「風邪を途中で中断してしまうような事ばかり繰り返しているのだから、いつまでも体が丈夫にならないのは当然である。」



と、言います。
風邪を引くと、これまでの持病が治ったり、一層身体が丈夫になったりするメリットがあると積極的に捉え受け容れるのです。

発熱して、ウンウン唸って、汗をかいたり、鼻水を出したり、下痢をしたりすれば、当然苦しいものですが、それは身体の奥に潜んでいた毒素を出そうとする好ましい反応です。
溜め込んだ毒を出すのですから苦しいのは当然と言えるでしょう。

風邪を「経過する」ことにおいて、重要なことは薬を用いないということです。
西洋の薬は症状を抑え込んでしまいますので、身体が本来の健全な状態に戻ろうとする力を削いでしまいます。

薬を使わず寝て治す、ということが重要です。
薬を使わず寝て治すことが、病を「経過する」という意味です。
それには、病気を治す力は自らの中にあると、自身の治癒力に全幅の信頼を置かなければなりません。




病気にどう対峙するか・・・それはその人の思想が現れるところです。
それまでの生き方・人生の結集であり、精神性の発露でもあります。

私は常々、「病気と闘ってはいけない」と伝えてきました。
よくお医者さんは「ご一緒に病気と闘いましょう」と優しく(?)言ってくれます。

病気とは何でしょうか?
「病気と闘う」に込められた病気の意味とは何でしょうか?

あたかも病気が外から入って来て、何か病気になった人が一方的に被害者であるかの様な表現です。
交通事故で言えば、0対100で、私は全然悪くない・・・そんなニュアンスに取れます。
病気になった人には原因がなかったのでしょうか?


私は、その様なことではないと考えています。

病気とどう向かい合うか・・・

敵とみなし一方的に強力に抑え込むのか。
それとも、それまでの人生を清算をする機会とありがたく積極的に捉え、自然に経過するのか。




現在の新型コロナウイルスの騒動も同じです。

「コロナに罹ったら嫌だ!」
「コロナは怖い、大変だ!」

と世間全体が怖い怖い病になり恐怖感が蔓延しています。

「少しでもウイルスが付着したらとんでもないことになってしまう・・・」と多くの人が必要以上に怯え暮らしている様に見えるのは、私だけでしょうか?

ウイルスが蔓延する同じ空間にいても、ウイルスが移る人と移らない人がいます。
過去の世界的パンデミックでも、大量に人が罹患し亡くなる中、なぜか発病しない人が一定の割合で存在しました。
その様な病気に罹らない人は、「神の隠し子」と言われ不思議な存在として見られてきました。

病気が移るのは、移る要因をその人が持っているためです。
ウイルスが発動する何かの問題がその人の中にあるから病気になるのです。

新型コロナウイルスに対峙する時も同じくその人の生き様や思想が現れます。
野口晴哉は、今の世の中をどの様に見ているのでしょうか?

「みんな細心の注意を払って、何としても感染しない様気を付けよう!」

と、言っているでしょうか?

それとも、

「身体を整体する良い機会が訪れた。この機会をありがたく有効に活用したらよい」

と、世間とは真逆に考えているでしょうか?

偉大な治療家の言を私ごときが代弁することはできません。
その答えは皆さんのご想像にお任せします。

私の想像では、大好きなクラシックを聴きながら世間の大騒動を冷ややかに眺めている様に思えます。


  




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プロフィール

水野博友

Author:水野博友
気功家・ヒーラー・瞑想家
気功で人の病気や苦しみを癒すヒーラー

愛知県出身、早稲田大学商学部卒。
埼玉県さいたま市浦和区で気功治療院「水野気功療法院」を開業、肉体の病~精神の病まで日夜 気功の施術を行っている。遠隔気功の実績も豊富。
満月時は日本の山に籠り密教修行を行う、また2011年より定期的にインド・ヒマラヤ、インドネシアに渡り様々な聖者の指導を受けて霊性修行に励んでいる。

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